朽ちた防陽八十八箇所霊場第七十番札所雨桑観音堂を出ると、かつて相撲場があった広場に石段を降りました。相撲場跡の後ろにはお店でも出せるような片屋根小屋がありました。この広場で、かつては相撲大会や盆踊りが行われたのではないでしょうか。その後、しばらく山道を歩きました。そして、次に雨桑地蔵堂に行きました。今は屋根付きのお地蔵様しかありませんが、その昔はお堂や塾があったのではないでしょうか。
道脇のお花畑を鑑賞しながら岩田神社跡に向かう
雨桑地蔵堂は防陽八十八箇所霊場第七十三番札所ですが、それを示す札がどこにもありません。かつてはそのお堂があったのでしょうが、その面影はありません。屋根付きのお地蔵様が安置されているだけです。傍に江戸時代から明治にかけてあった森山塾跡を示す石柱が立てられていました。そして、10m位離れた場所に、森山塾跡を示す自然石に「志」刻まれていました。この付近は勉学がさかんな地域だったのでしょう。
屋根付きの雨桑地蔵像 森山塾跡を示す石柱 森山塾跡の石碑
続いて、お昼休憩をする予定の岩田神社跡に向かいました。途中、お花畑などを鑑賞しながら緩い登り坂を歩きました。この頃になると、日差しが強くなりやや疲れてきました。しばらく坂道を進むと、岩田神社跡に到着です。元々は神社の参道だったようですが、今は公園として近隣の方々に親しまれているようでした。
公園化した岩田八幡宮跡のブランコ 岩田八幡宮跡の鳥居と祠
岩田神社跡には祠と小さな建物がありました。その建物の屋根裏に、どう言う訳か蜂がたくさん群れていました。100匹位の蜂がいるのに巣が見当たりません。巣が地面に落下したのか、他の場所から避難したのかも知れません。
蜂を見た後、公園内の日陰で皆さんと昼食をとりました。休んでいると、近くに住んでいるらしい子供が二人やってきました。そして、我々に挨拶した後に公園内のブランコに乗って遊んでいました。
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