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Channel: 東京里山農業日誌
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光市 五軒屋,伊保木,岩屋ほかウォーキングのための下見(3/3)

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 伊保木を過ぎると、ひたすら岩屋に向かって歩きました。途中立ち止まって、周防灘を見下ろすと、牛島や祝島が雲海の上に浮かんでいるように見えました。海と空の境である水平線が見えません。少しばかり不思議な、墨絵のような風景でした。

              雲海の上に浮かんでいるようにみえる牛島や祝島


 誰かがいつか、室積の峨眉山のことを話してくれたことがありました。もともと峨眉山は中国にあるそうです。本家の峨眉山は山の上にあり、雲海が出ると眉が浮かんでいるように見えることからこの名前が付いたそうです。光市室積の峨眉山は海の上に霧や雲が立ちこめると、やはり眉のようにみえるとか。千坊山から見ると眉のように見えるのかも知れません。これを早く知っていれば、眉のように見えたかもしれません。

                 岩屋の長徳寺、大正8年に焼失


 岩屋に着くと、集落の一番高い場所にある長徳寺に行きました。このお寺、長屋のように見えます。たまたま近くにいた方に聞きました。すると、大正8年にこのお寺から火が出たそうです。その当時の民家は茅葺きでしたので、見る間に火の粉が広がって集落が全て燃え尽きたとのこと。尼僧に夜這いしたさいのロウソクが火事の原因とか。この長徳寺、火災後にお寺としては再建できず、今のような長屋風の建物になったとか。そして、今は単に岩屋公会堂としてだけ使われているそうです。中には仏像などお寺を思わせるものは何も無いそうです。正確には、長徳寺ではなく、長徳寺跡のようです。

    快山窯を訪問          快山窯の作品を見学        岩屋古墳を見学
  

 なお、私が持っている防陽88か所霊場のリストでは、この長徳寺と隣接する大師堂が47番、そして長徳寺が48番なのです。明らかにおかしいです。その昔、正蓮寺が47番で、長徳寺の大師堂が48番だったと思われます。正蓮寺が早くに廃寺になったため、巡礼する上で長徳寺を48番にして、隣の大師堂を47番にせざるを得なかったのでしょう。歴史をさかのぼると、最初に正蓮寺が廃寺となり、次に大正8年の火災で長徳寺が無くなったことが分かります。

           岩屋古墳を過ぎしばらくして歩いた後、道路に座って休憩


 長徳寺から道を降りて、快山窯に寄りました。4月19日のウォーキングで再訪することを伝えておきました。その後、道をどんどん歩いて岩屋古墳に行きました。そして、アネックススポーツランドを横切って、かんぽの宿 光に行きました。そして、フロアで休憩を取りました。

アネックススポーツランド    かんぽの宿 光で休憩       バスに乗って帰る
  

 かんぽの宿まで、だいぶ時間がかかりました。本番では快山窯でもっと時間を取られると思います。このため、本番ではアネックススポーツランドやかんぽの宿 光に行かないで、岩屋からすぐ国道188号線の岩屋バス停に下ることにしました。

                 今回下見した五軒屋,伊保木,岩屋


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