二ッ池入口横に建つ溜池記念碑からしばらく道を進みました。数年前は獣道のような荒れた道しかありませんでした。それが、軽トラックが通れるような林道が開通していました。その道をどんどん歩きました。もしかして、葬儀場まで続いていることを期待しましたが、山の中にどんどん入っていきます。そのため、途中で引き返しました。
田川邸近くの道端にあるぴんころ地蔵
それ後、二ッ池に戻って奈良地区に向かいました。倒れた竹を避けながら古道を抜けました。しばらく歩いていると広い道にでました。さらに歩いていると、ぽっかりと奈良の大岩に出ました。大岩の前で立ったまま休憩しました。ここから麻郷公民館に向けて戻ろうかと思いましたが、田川邸まで歩いてみることにしました。数年前と比べて大岩と田川邸の間の道が歩きやすくなっていました。
大岩に向けて歩く 大岩前で休憩 田川邸前に出る
田川氏にご挨拶をしようと思いましたが、車がありませんでしたのでご不在のようです。ミツバチの巣箱がまだあるかどうか山に登ってみました。すると、巣箱はありませんでした。冬は巣箱を置かないのでしょう。または、冬の間だけ養蜂家に戻してハチを養生するのではないでしょうか。続いて田川邸近くの道端にあるぴんころ地蔵に寄ってみました。
田川邸近くの木工所を見学 西竹重集会所(旧西遊寺)に寄る
ぴんころ地蔵は今の世相に合ったお地蔵様です。子供達に迷惑をかけないように、私もいつかはぴんころと逝きたいものです。続いて、ぴんころ地蔵から100m位離れた道端にある木工所に寄りました。木工所内を見学させていただきました。次に、第五番札所竹重西遊寺に行きました。今は西竹重集会所として使われています。今回は集会所内に入れませんでしたが、中には立派なお地蔵様が数体安置されています。
大東亜戦争時の鐘 発掘中の遺跡を見学 大室遺跡(弥生時代)
竹重地区を抜けて尾迫地区に入りました。尾迫地区に入ると最初に、出征兵士を送る時に鳴らした釣鐘を見学しました。この鐘が道端にあることは知っていましたが、火事の時に鳴らすとばかり思っていました。そうではなくて、出征兵士のための鐘だったのです。釣鐘をぶら下げる柱を支える石柱に「大東亜・・・・」と確かに刻まれています。その後、遺跡を発掘する現場を見学した後、麻郷公民館に戻りました。途中、大室遺跡の碑を見学しました。下見ウォーキングに参加された方々、お疲れ様でした。
下見ウォーキングした麻郷の助政,井神,奈良,竹重,尾迫
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田布施町麻郷ウォーキングの下見(2/2)
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