八坂神社を参拝後、専福寺方面に向かいました。途中、5年前にはあった田布施高等洋裁学院跡が無くなっていることに気が付きました。史跡ではないものの、皆さんが通っていた学校が無くなるのは寂しいものです。続いて、史跡巡りウォーキングでは一度も行っていない徳吉神社を訪れました。ただし、一つのルートしか知らなかったため、今回はもう一つのルートを探しました。この神社は創建の記録が残っています。残念ながら、管理する人がいないようで寂しく鳥居と建物だけが残っています。
江戸時代創建の徳吉神社
徳吉神社を新しく発見したルートで降りると、道端のお地蔵様を見学しました。ここで道を間違えました。専福寺へ行ってから富永有隣の定基塾跡にいくはずが、先に定期塾跡に行ってしまいました。大きく回り道をしてしまいました。本番ウォーキングでは間違えないようにしようと思います。何年も歩いていないと、つい道を間違えてしまいます。
徳吉神社への荒れた道 山頂の徳吉神社 道端のお地蔵様
定基塾跡には何年か前まで、「定基跡」看板が建っていました。しかし、今はありません。以前、家の方に了解をとって付近を探したのですが、どこにあるか分かりませんでした。台風で飛んで行ったのか、くず鉄になって捨てられたのでしょうか。残念なことです。ちなみに、この定期塾を主宰する富永有隣を国木田独歩が訪ねたそうです。
定基塾跡、□は看板設置跡 奇兵隊隊駐屯と専福寺
次に、専福寺に向かいました。専福寺は幕末期に奇兵隊が駐屯していました。ここから、第二次長州征伐時に周防大島に出陣しました。この専福寺は国木田独歩と少しばかり関わりがあります。その話は、本番ウォーキング時にお話しをしようと思います。もちろん、専福寺に駐屯していた奇兵隊士のお話もしようと思います。
下見した東田布施方面の史跡巡りウォーキングコース
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田布施町 東田布施方面の史跡巡りウォーキングの下見(2/3)
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