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Channel: 東京里山農業日誌
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平生町佐賀~大野の史跡巡りウォーキングの下見(2/2)

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 どんどん歩いていると神護寺への入口案内がありました、もうすぐお昼でしたのでそのまま道を進みました。そして、昼食休憩予定の棚田20選に着きました。ところが、日向平の棚田20選の変わりように驚きました。ほとんどの棚田が荒れていました。そして、道端もイノシシに荒らされていました。棚田20選の看板がむなしく感じました。
 10年位前に来た時には小学生を含む家族が田んぼを耕していた光景を目にしました。そのため、次世代に田んぼが引き継がれるのでは期待していたのですが。

     長谷地域の麓に安置された伊保庄との街道を見守るお地蔵様


 山間地の田んぼは農機具を運ぶだけで大仕事です。このところの高齢化でもう田んぼはできないのでしょう。山間地は空き家が増えているようで、棚田20選の回復はもう無理だと思います。町おこしか何かで定期的に町民が参加しないと復活は無理のように思います。時代の流れとは言え、とても残念です。

   棚田20選の看板     看板の近くで昼食    長谷方面に向かう
  

 さて、棚田20選の近くで昼食休憩を取りました。実は棚田20選の少し上には立派な神社があります。その神社は10年位前にはすでに誰も管理していないようでした。その頃には、じわじわと棚田の衰退が始まっていたのだと気が付きました。
 そして、それより前に陰平地区では棚田ができなくなっていたようです。その向かい側にある日向平では棚田を維持していたようです。しかし、高齢化と若者がいなくなってことでやはり棚田が維持できなくなったのではないでしょうか。それは全国の棚田と同じ傾向だと思います。

  長谷に向かう道をひたすら歩く       棚田方面を振り返って
 

 道をどんどん進んで、長谷から平生町街に向かって道を下りました。この道は今だに県道です。その昔は柳井市伊保庄と平生町を結んでいた街道でした。古老に聞くと、平生町の方々はこの道を登って伊保庄に行って潮干狩りしていたそうです。一方、伊保庄に方々は平生町に行って買物をしたり高校に通っていたそうです。
 今では考えられませんが、伊保庄の住んでいる方にとって、柳井に行くよりも峠を越えて平生町に行く方が距離が短かったのです。そして、伊保庄から平生に、平生から伊保庄に嫁ぐ人が少なくなかったようです。実際私の母親は伊保庄から田布施に嫁ぎました。私の同級生にもそのような母親や祖母が珍しくありません。
 長谷を下ってどんどん歩いて、スタートした平生MaxValueに着きました。今回の史跡巡り下見ウォーキングに参加された方々、お疲れさまでした。

       平生町佐賀~大野史跡巡りウォーキングの下見コース


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