昼食休憩が終わると、神護寺の大岩くぐりをして大銀杏を見ました。大岩周辺は最近草を刈っていいないため、ひざ位までの草が生い茂っていました。その草をかき分けるようにして大岩に行きました。そして、岩の洞穴を潜って、その上にある磨崖仏を拝んで、そして大銀杏の前に出ました。
大岩の洞穴をくぐる 磨崖仏を見た後、大銀杏前に
大銀杏は根元がとても太く、三人でようやく抱えることができるほどです。せっかくですのでハグしてみました。何かいいことがあるでしょうか。大銀杏の上の方を見ると、まだ青い銀杏がたくさん実っていました。足元を見ると数粒の銀杏が落ちていました。秋には大量の銀杏が収穫できるのではないかと思います。
三人でようやく抱えることができるほど幹が太い大銀杏
大銀杏をハグした後、神護寺前の田んぼ脇の道を降りました。この道から、田布施や平生の街並みがよく見渡すことができます。広大な景色と田んぼの稲に囲まれ、涼しい風も吹いてしばらく立ち止まりました。「石城山神護寺」の石柱に戻ると、のんびりと木漏れ日ロードを歩きました。しばらくすると日向平地区の山口の棚田20選に到着しました。
田布施や平生の町並みを遠望 日向平地区の棚田から上に登る
日向平地区の山口県棚田20選の掲示板を見た後、さらに上の棚田を目指しました。ここからは日陰が全くないため、汗だくの登り道でした。一部の方は途中で休憩し、残りの方はさらに上を目指しました。棚田の上の方に出ると、田布施川流域や平生の街などが眺望できます。石城山,赤子山,呉麓山,千坊山,多賀神社の山,さらに光市の虎ヶ岳などがよく見えました。大昔、平生が海だった頃に島だった、野島や玖珂島の緑が平生街内にポツンと見えました。
日向平地区の山口県棚田20選の上方からの眺望
棚田で思い出しましたが、ある棚田を耕している古老に聞いたことがあります。その古老のおっしゃることには「自分の棚田の草を刈り取っても何の日銭も入らない。しかし、シルバーで他人の棚田を3日分草刈りすると一ヶ月の食糧が買える。」そして、「田んぼを耕すことは、趣味か道楽、あるいは自分の代で田んぼを絶やしたくないとの思いだけでやっているようなもの。」だとも言われました。さらに、「息子たちは都会に家を建ててもう故郷には帰らない。もう2〜30年経つと、あちこちの田んぼはさらに廃田になるだろう。」との事でした。残念なことですが、現実はそうならざるを得ないのでしょう。
日向平棚田のさらに上を目指す 棚田の途中で休憩し、水分補給
なお、日向平地区の方は棚田をまだ耕しているそうです。しかし、陰平地区の方は棚田を耕している方はもういないか少ないそうです。日向平の隣にかつては棚田だったと思われる斜面があります。その斜面はクズが覆っており、よく見るとわずかに段々になっています。かつてはこの棚田も見事だったのではないかと思います。
以前、棚田近くで休んでいる古老にお話をうかがったことがあります。日向平地区の方々は住まいが棚田に近いので耕すことができたそうです。陰平地区の方々は棚田からだいぶ下の方に住んでいるため、棚田に来るのが難儀だったそうです。棚田近くに住居があるかが、棚田維持のポイントの一つかも知れません。農機具を担いで斜面を往復することは、確かに大変なことです。
いつ見ても見事な、日向平の棚田
日向平の棚田を回り込むようにして道を歩きました。そして、しばらく歩くと長谷,陰平,中村の分かれ道に出ました。長谷方面へ進みました。長谷からは急な下り坂を、川沿いに大野方面に向かって降りていきました。お地蔵様を拝んで少し歩くと、下り坂は終わりです。常春寺の楼門を見学後、日射の照り返しが強い舗装道路を一路、JAみなみ周防平生支所に向かって歩きました。
長谷の川沿いの道を下る 途中、お地蔵様を拝む
今回のウォーキングはほとんどが平らな道でした。歩いた総距離は、GPS機器上で13.0Kmでした。家に帰ると、疲れのためかぐっすりと寝ることができました。今回参加された方々、暑い中お疲れ様でした。
神護寺から、JAみなみ周防平生支所まで歩いたルート
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平生町 楽しかった板碑〜神護寺〜棚田ほかウォーキング(2/2)
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