今回ウォーキングに参加した方々は、小中学校の同級生が多かったように思います。昼食しながら、子供の頃から今までの思い出話などを談笑しました。私は、高校卒業後40年近く田布施から離れて東京にいました。このため、かつての同級生達と疎遠になっていました。しかしながら、ウォーキングを通じて再び親交できてありがたいと思っています。
かつての同級生達、昔を思い出しながら談笑
光峨眉山護国神社に着くと、たくさん並んだ石の列柱がありました。たくさんの慰霊者が祀られているのです。この護国神社には祀られている人で一番知られているのは来島又兵衛です。元治元年の蛤御門の戦いの指導者の一人です。久坂玄瑞と一緒に、その戦いで亡くなりました。この護国神社には、戊辰戦争から太平洋戦争までに亡くなった方々が丁重に祀られています。これら戊辰戦争や光峨眉山護国神社などについて、皆さんにお話をしました。
たくさんの石柱が並ぶ光峨眉山護国神社 海岸広場近くの南無不動尊
光峨眉山護国神社を過ぎると、下り坂をどんどん下りました。すると、赤い太鼓橋が見えてきました。ここで、峨眉山は終わりです。これからは、海岸に沿った象鼻ヶ岬をのんびりウォーキングしました。南無不動尊や松林を過ぎて、牛島が見える海岸沿いに象鼻ヶ岬の突端にある灯台に向けて歩きました。しばらく歩くと、女台場が見えてきました。
少し荒れた松林広場 女台場や灯台に向けて歩く
女台場を見学中、立ったまま休憩しました。そして、少し歩くと灯台に着きました。ここからは、千坊山の尾根筋がよく見えました。そして、田布施町の国木に通じる大峰峠も見えました。ところで、夕日が沈む頃に大峰峠近くから室積を見下ろすと、とても綺麗な象鼻ヶ岬が見えます。
夕日に映える象鼻ヶ岬 (2013.1月撮影)
灯台を過ぎてすぐの場所に、面白いものを発見しました。海岸に石灯篭と思われる巨大な石屋根が埋まっていました。昔、台風か何かでこの近くに建てられていたものが倒壊したものに違いありません。石屋根の近くに石柱らしきものも埋まっていました。これら埋まった石屋根などは、元々何だったのでしょうか。
千方山を背景に灯台前で、今回の参加者11名
灯台からは内海を回り込むようにウォーキングしました。灯台を過ぎてすぐの場所に大師堂の建物がありました。この建物の傍に八十八箇所最後の八十八番目のお地蔵様がありました。私がこれまで歩いた八十八箇所はほとんど、一番個所からぐるりと回って、一番個所近くにある八十八箇所に戻ります。ここの八十八箇所は、一番個所が普賢寺で、八十八箇所は遠く離れた大師堂にあります。ぐるりと回らないで、ほぼ直線状にお地蔵様が並んでいます。
八十八箇所目のお地蔵様がある大師堂 お地蔵様を見ながら普賢寺へ
室積の内海を右手に見ながら、八十八箇所のお地蔵様を逆にたどるように歩きました。静かな内海には小さな漁船が何隻か浮かんでいました。その小さな船は、波で小刻みにゆらゆら揺れていました。休日のためか、時々象鼻ヶ岬に向かう家族とすれ違いました。25年位前でしょうか、幼い娘を連れてこの海岸に来たことを思い出しました。時の経つのは早いものです。
あと1km位歩くと終点の普賢寺、内海を背景に
象鼻ヶ岬の内海をどんどん歩いていると、右手に山大付属小中学校が見えてきました。下見の時は、賑やかな子供達の声が響いていましたが、今日は日曜日で誰もいません。とても静かでした。普賢寺に戻る途中、八十八箇所の二番個所と三番個所を探している方に出会いました。この二つの個所は普賢寺の裏側にあり、しかも引っ込んだ場所にあるため、車に乗っていると分かりません。幸い、その方はその二つの個所を見つけることができました。
今回は田布施町や平生町の運動会と重なったため、いつもより参加者が少なかったです。でも、思いがけず伝書鳩を見ることができたり、思いのほか涼しく蚊が少なく快適に歩くことができた楽しいウォーキングでした。参加者の皆さま、お疲れ様でした。
赤い太鼓橋の下を通る 右手は静かな山大付属小中学校
来月は、西田布施の国木や竹尾周辺をウォーキングしようと思っています。古代米アートの田んぼ,山口県指定文化財の黒地蔵,国木の静かな里山風景,奥深い竹尾付近などをのんびりウォーキングするつもりです。
今回ウォーキングした光市室積の峨眉山・象鼻ヶ岬周辺ルート
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光市 楽しかった峨眉山,象鼻ヶ岬のんびりウォーキング(2/2)
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