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Channel: 東京里山農業日誌
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郷土館で展示中の蓄音機を修理(2/x)

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 前回に続いて、田布施町郷土館の蓄音機を修理しています。しかし、なかなかはかどりません。はかどらない理由は、二つあります。一つは、外れていたM2サイズのネジが見つからず、しかも旧JISネジのため購入できないことです(現在販売しているはISOネジ)。二つ目は調速器の重りが回転する部分の板バネが破損していたことです。もちろん、この板バネも購入することなどできません。特に後者の板バネ破損は致命的です。どうにかして代用品を見つける他はありません。工夫のしどころです。

                  調速器(レコードの回転制御)の内部構造、


  調速器には回転する重りが3個あります。そのうちの1個の板バネが破損しています。最初、1個だけ外して2個で回転させてみました。すると、回転の速度が上がるとバタバタと音をたてて振動が激しくなりました。2個だと振動して安定性が欠けるのです。そこで、板バネが破損した重りを糸で固定してみることにしました。

    回転重りを糸で固定    ほどけないよう巻き結び      3個の重りを糸で固定
  

 重りを糸で固定すると、調速器がスムーズに回転するようになりました。しかも、振動しません。しかし、糸で固定されて板バネのしなやかさが無くなってしまうのです。そのため、回転はするものの、回転速度が早すぎる結果となりました。つまり、回転が速いままで調速が効かないのです。この状態でレコードをかけてみると、音は出るようになりましたが早い速度で再生されるのです。音が出るようになったのは成功でしたが、糸で縛る方法は失敗でした。別の修理方法を模索することにしました。

        調速器の重りが早く回転しすぎて、レコードの回転速度調整が不可


田布施町 奈良の大岩をお祓い

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 これまで、田布施町の奈良地区と竹重地区の境近くにある、通称:奈良の大岩を調査をしてきました。今回この大岩のお祓いをするとのことで、多少なりとも大岩に関わってきたこともありお祓いに参加しました。
 先日のひっかり観音は龍泉寺のご住職にお勤めしていただきましたが、今回は高松八幡宮の宮司様がお祓いをされます。両者共に大きな岩が信仰対象です。仏式のお勤めと神式のお祓いの両方を見ることができました。お祓いの前に、宮司様よりお話がありました。神道において岩に対する信仰を岩倉(いわくら)と呼ぶそうです。

     大岩前の神棚     宮司様より大岩信仰のお話  桜の苗木とお祓い中の大岩
  

 この奈良の大岩のような巨岩は、古より信仰対象になってきました。例えば、田布施町にある八尋石八幡宮です。今のお社には、巨岩を思わせるような石はありません。八尋石八幡宮の歴史を遡ると、3度の引っ越しを経て今の場所に落ち着いています。貞観元年(859年)に善福時峠に鎮座したのが最初で、承徳元年(1097年)に宗山に移り、文明2年(1470年)に西迫に移り、さらに元禄3年(1690年)に現在の地に移ったそうです。

                 奈良の大岩のお祓いをしておられる宮司様


 八尋石八幡宮が最初に鎮座していた善福寺峠は、今の場所より100m奥にあたるそうです。その場所にあった「八尋の大石」と呼ばれたらしい岩、1年ほど前に探してみましたがありません。藪のどこかに、今でもひっそりとあるのかも知れません。もう一度探してみたいと思っています。

                               宮司さんの祓詞奏上後、玉串を奉納


 お祓いが終わると、お神酒が皆さんに注がれました。私も少量いただきました。ところで、田布施町の俳人、江良碧松が奈良の大岩前で写っている写真(昭和49年)には「奈良天王大巖」と記載されています。この大岩は天王社信仰と関わりがあったのでしょうか。今、この大岩に関わるお話や由来を知っている人はいません。わずかに、奈良部落史に「石城山にあった石がけっとばされて今の場所にきた。」との民話があるくらいです。
 とはいえ、私は信仰の不思議よりも、地質学的に何故この巨岩がここにあるのか(または、この巨岩だけが残っているのか)知りたいです。 

  お神酒や塩を大岩に     みなさんお神酒をいただく    大岩の下に紙垂付き榊
  

小松菜の収穫と種まき、キャベツの収穫と種まき

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 今、小松菜が収穫時期を迎えています。小松菜は成長するのが早いため、冬を除けば周年栽培することができます。私は、穴あき黒マルチに時期をずらしながら収穫したり種まきして年中収穫できるようにしています。今回も、4 x 5の穴に育っていた小松菜を収穫しました。そして、収穫が終わるとやはり 4 x 5の穴に種を蒔きました。収穫すると同時に種もまくのです。こうすることによって、小松菜を年中収穫できます。

      収穫した小松菜                 近くの穴に小松菜の種まき
 

 小松菜はよく育つため、どうしても収穫が間に合わないときがあります。収穫が遅れた小松菜は大きくなって筋が固くなります。そのため、食べなくても遠慮なく小松菜を引っこ抜いて捨てます。そして、同じ穴の数の種を蒔くのです。こうして、小松菜の収穫と種まきを回転しています。夏は1回転/1.5ヶ月でしょうか。秋、春はその回転期間が長くなります。

        左枡の4 x 5の小松菜を収穫後、右枡の4 x 5に小松菜を種まき


 収穫した根付きの小松菜を横に並べた後、ハサミで根をカットします。そして、水を溜めたボールで小松菜の根本を洗います。後は、包丁で適度に切ると、すぐに調理できます。収穫したての小松菜はとても水々しくて美味しいです。採りたて1分の新鮮な小松菜を食べることは一種の贅沢です。

      横に並べて根をカット              水を溜めたポールで根本を洗う
 

 今回、3月末に白菜跡に苗を植え付けたキャベツを収穫しました。肥料はまったく施していないので、元肥だけで育ったキャベツです。連作障害は思ったより出ませんでした。小さ目のキャベツですが、玉はしっかり詰まっていました。なお、寒冷紗の隙間からか夜盗虫が入りこんで、2個のキャベツがボロボロに食われていました。

 寒冷紗を取り外す           小ぶりのキャベツ       夜盗虫の食害
  

 昔、キャベツは秋冬野菜でした。しかし、農業技術の進歩により一年中栽培できる野菜になりました。それでも、夏育てることが難しい野菜です。害虫と暑さ対策が一番のネックなのです。害虫は寒冷紗で畝を覆うことで対策できますが、暑さ対策としては熱さに強い品種を使うことが必須です。今回、夏用品種のキャベツの種を購入しました。そして、育苗用ポットに種を蒔いておきました。うまく育てることができれば、9月か10月に収穫できます。さて、うまく育つでしょうか。

      今回収穫した夏キャベツ達          種をまいた初秋収穫の夏キャベツ
 

紫大麦の穂刈り,小麦刈取りの準備,そして稲刈機の修理

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 6月上旬から中旬は、麦の刈り取りシーズンです。麦の中でも、大麦は小麦より2週間程度早く熟します。このため、大麦の刈り取りが終わった後に小麦の刈り取りが始まります。我家でも大麦の一種である紫麦を先に刈り取りしました。ただ、紫大麦は少量栽培ですので、穂刈りしました。大麦の穂は禾が長いので、手で穂を持つとチクチク刺します。

      穂刈り中の紫大麦             刈り取った紫大麦、1週間程度天日乾燥
 

 小麦はたくさん栽培しているため、今年は数人に手伝ってもらって刈り取りする予定です。去年までは、私一人で刈り取りしましたがとても大変でした。手伝っていただいた方には、当然のことですが感謝の気持ちとして、製粉した小麦粉(全粒粉)を差し上げようと思っています。ちなみに、全粒粉で作ったパンはフランスパンのようにやや硬めですが、栄養たっぷりです。クッキーや麺などにしても良いかも知れません。

                明後日、みんなで刈り取りする予定の小麦畑


 明後日の小麦の刈り取りの準備として、最初に刈り取って束ねた小麦を干すための支柱類を畑に運びました。鉄製の支柱を肩に担いで運びました。我家の農作業小屋と畑の間を、3往復して運びました。鉄製の支柱はとても重く、途中が肩が痛くなりました。刈り取り当日に組み立てて、刈り取りしながら次々に麦束を架けていきます。架け終わったら、雨に濡れないようにブルーシートで覆います。

  鉄製支柱を肩にかけて、麦畑まで運ぶ       刈り取り当日、組み立てする支柱
 

 10年位前は、もっぱら鎌を使って麦を刈り取りしていました。その頃、古老に稲刈機をいただいたのですが、稲の刈り取りだけに使っていました。麦の刈り取りに使うようになったのは、定年後に山口県に帰ってからです。この稲刈機を半年ぶりに農作業小屋から出しました。そして、ガソリンを入れて動かしました。最初、快調にエンジンが動いていたのですが、パタリと止まりました。そして、キャブレターからガソリンが漏れてきたのです。やれやれエンジンの故障です。

 小麦を刈り取る稲刈機       キャブレターを分解      故障したニードルバルブ
  

 ガソリンが漏れる故障は何度も直してきました。キャブレター内部のニードルバルブの故障です。段付きかゴミが付着したのに違いありません。さっそくキャブレターを分解して修理しました。去年の今頃も同じ故障でキャブレターを分解しました。この稲刈機は、キャブレターのニードルバルブが故障しやすいようです。来年も同じ故障が発生するようならば、部品を取り寄せて交換した方がよさそうです。

            ニードルバルブの故障を直して、フロートに組み込む


 キャブレターの故障を直した後、始動ロープを引いてエンジンをかけました。ところが、かからないのです。この現象は、キャブレターのガソリン漏れが引き起こすプラグのカーボン汚れと直感しました。経験を積むと、故障前後の現象から故障原因がすぐに分かります。すぐにプラグをレンチで外しました。するとやっぱり、プラグはカーボンで真っ黒に汚れていました。このような場合、私はガスバーナーを使ってプラグを焼いて汚れを取り除きます。綺麗になったプラグをエンジン取り付けると、今度は一発でエンジンがかかりました。
 自分が推定したとおりに故障原因が分かり、思い通りに治せると、気持ちが晴ればれします。私が機械を直すことが好きなのは、子供の頃に時計などの機械を何度も分解したり組み立てることが好きだったことが原点です。蓄音機,時計,ラジオなどを、何度も壊しては怒られました。台風が迫っていたある時、私が分解したためにラジオが使えないことがありました。その時、天気予報の台風情報が聞けず、父親がずいぶんと腹を立てていたことを思い出します。

 エンジンのプラグを外す   カーボンで汚れたプラグ先端    バーナーで汚れを焼く
  

古いCROWN製トランジスタラジオ HT-70の修理(1/x)

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 これから梅雨に入り、農作業ができない日が続くことがあります。そんな時は、古いラジオなどを修理するに限ります。農作業は体力勝負ですが、ラジオ修理は知力勝負です。故障した場所を推理するなど、一種知的なゲームです。今回修理しようと思うのは、CROWN製のトランジスタラジオです。真空管ラジオを思わせるレトロなデザインです。

        真空管ラジオを思わせるレトロなトランジスタラジオ CROWN HT-70


 この落ち着いたデザインのラジオを聴こうと思い、電池を入れてスイッチを入れました。しかし、さっぱりラジオ放送が聞こえてきません。スイッチを入れるとかすかにブスッと言う音が聞こえるため、電源は通じていることは確かなのです。電源は単1電池3本を直列したものを2組並列にした、珍しい電源構造です。電圧は4.5Vです。

    ラジオの銘板           裏蓋を止める金具    電池3本を直列、を2組並列
  

 音がさっぱり出ないので、修理することにしました。この梅雨を過ごすのにちょうどよい仕事ができました。のんびりと修理しようと思います。知的なゲームの始まりです。まずは、裏蓋を取り外して、シャーシを取り外すことにしました。そもそもシャーシ構造そのものが、真空管時代を引きずっています。このラジオは、真空管ラジオがまだまだ製造されていた昭和30年代後半に製造されたのではないでしょうか。

    底板のネジを外す     音量つまみなどを外す    電源コード留め金具を外す
  

 シャーシなどを固定するネジを外し、音量,トーンコントロール,そしてチューニングつまみを外します。最後にアンテナコードと電源コード留め金具を外しました。すると、シャーシを筐体から取り外すことができました。シャーシを見ると、高周波回路と低周波回路が分離されていました。バリコンは親子バリコンです。低周波出力回路はOTLではありません。各回路はハトメで固定されており、使われているトランジスタなどの規格が読めません。わずかに混合発信に2SA152が使われていることが分かりました。2SA152は日立製で、Ftが10MHzの中波ラジオの混合発信用ゲルマニウムトランジスタです。

シャーシにとりつけられた各種ラジオ部品や回路
A:バーアンテナ,B:バリコン,C:高周波回路,D:低周波電圧増幅器,
E:低周波電力増幅器,F:チューニングつまみ,G:トーンコントロールつまみ,
H:電源スイッチ兼音量つまみ,I:出力トランス,J:スピーカートランス

小麦の刈り取りと、はさ掛け天日干し

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 11月に種まきした小麦をようやく刈り取りしました。今年は、スズメや鳩に食べられないように小麦畑全体に防鳥網を掛けました。このため、食害は無くなったのですが、刈り取り前に網を片づけなければなりません。これまでは、私一人が片づけていましたが、今年は仲間が手伝ってくれたため、片付けがスムーズに終わりました。お手伝いありがとうございました。

   防鳥網を寄せる         寄せた網を整理          整理後の防鳥網
  

 防鳥網は破れやすいため、丁寧に片づけなければなりません。麦や地面を引きずるように片づけると、必ず枝やゴミなどが網に絡まります。それを無理に引っ張ると、網目が切れて破れてしまいます。数人で、網を持ち上げるようにして片付けします。今回は丁寧に片付けしたため、来年も使えます。防鳥網の片づけが終わると、支柱や紐などを片づけしました。これらも来年使えるように整理してまとめておきます。

     網を支えていた支柱や網を整理         楽しい、おやつ兼昼食タイム
 

 防鳥網,支柱,そして紐を片づけると、木陰でおやつ兼昼食タイムにしました。おやつ時、私は我家で実っていたユスラウメを持ってきました。種がやや大きいものの、ほのかに甘い小粒の真っ赤な実です。続いて、昼食タイムではEtさんが作ってきたお稲荷さんをいただきました。とても美味しかったです。ご馳走様でした。

                    昼食後は稲刈機による麦の刈り取り作業


 昼食後は麦の刈り取り作業です。10年位前は鎌で刈り取りしていましたが、ここ数年は稲刈機を使って刈り取っています。この機械を使うと、あっと言う間に刈り取りが終わります。これまではずっと私一人が稲刈機を使っていましたが、今回は二人に稲刈機を体験してもらいました。この稲刈機は一輪車ですので、麦を刈り取る時に左右にぶれないように人が支えなければなりません。

   麦刈り体験中のA君     麦刈り体験中のEmさん    刈り取った麦をはさ掛け
  

 麦の刈り取りが終わると、麦束をはさに掛けます。あらかじめ、はさ掛けするための支柱を立てておきました。その支柱に渡した棒に、二股にした麦束を次々に掛けていきます。下段の棒が一杯になると、上段の棒に掛けます。小麦畑に放られた麦束をかき集めては、棒に掛けてました。棒に掛けるのは天日乾燥するためです。今のままでは、麦粒は少し柔らかいままなのです。歯で咬むとカチンと割れるようになるまで麦粒を乾燥します。

                  下段の棒に、ほぼ掛け終わった麦束


 天気予報によると、数日前に梅雨入りしたとか。このため、いつ雨が降るか予測が困難です。雨で濡れないように、麦束の上をビニールシートで覆っておきました。また、スズメや鳩が入り込まないように、周りを防鳥糸を張り巡らせておきました。一週間程度天日乾燥後に脱穀しますが、梅雨の今は天気がまったく読めません。天気予報で「次の日が晴れ」と分かった時、その日に合わせて脱穀するしかありません。
 まずは、麦刈りが終わってほっとしました。

      上段に麦束を掛ける              雨に備えてビニールシートで覆う
 

今年の夏も、田布施町麻郷ふるさと会 2015

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 去年に引き続き、今年も田布施町麻郷ふるさと会の活動が始まりました。新しくできたふるさと会に参加したのは2年前の2013.6です。その時に太鼓や歌を子供達と一緒に練習したのですが、残念ながらものになりませんでした。今回、子供達が、特に6年生が大きくなったことを感じました。着るはっぴが小さいのです。2013年に4年生だった子供達も今は6年生、はっぴが小さくなるは当たり前です。

     ふるさと会のO会長挨拶               はっぴを着ている子供達
 

 ところで、今年はボーイスカウトの世界スカウトジャンボリー大会が山口県で行われます。この田布施町にも世界各地のスカウト達がやって来ます。麻郷には、7/31にやって来て交流します。ふるさと会は麻郷嵯峨音頭を披露します。その準備として、7/7と7/14に麻郷小学校で練習する予定です。いつもの年より忙しいふるさと会になりそうです。

            麻郷公民館ホールのステージ前で子供達全員の写真撮影


 小学高学年生達は、一昨年・去年と太鼓を叩いてきたのでその叩き方を覚えています。最初、練習なしに麻郷嵯峨音頭の太鼓をを叩いてみました。一年ぶりの太鼓のためか、だんだんテンポが早くなります。何度かやり直しました。今後何度も練習していれば、だんだん上手くなることでしょう。太鼓を叩き終ると、子供達全員でステージの前で写真を撮りました。

        お母さん方も見学     見守るふるさと会の方々     新入会の小学生紹介
  

 ところで、今年の小学生入会者5人の紹介がありました。小学4年生以下のお子さん達です。来年抜けることになるだろう6年生の兄さんやお姉さん達に負けないように、練習して上手になって欲しいと思います。
 私の夢ですが、ずっと将来の20年位先のいつの日か、今太鼓を叩いている子供達の子供が太鼓を叩く日が来て欲しいと思います。

               新人5人の前で、太鼓を披露する先輩の子供達

雨霧湧きあがる深山の中、ひっかり観音の屏風岩を磨く

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 先日、龍泉寺のご住職様にひっかり観音のお勤めをしていただきました。その時屏風岩を磨きましたが、持っていた道具が粗末だったためちゃんと磨くことができませんでした。そのため今回、石を磨く道具を持っていきました。グラインダー,コンクリートを磨くことができる荒砥,中位の砥石,紙やすりなどです。梅雨真っ最中の今回、特に午後からは雨が強くなりました。荒天にも関わらず郷土館に13:00に集合して、ひっかり観音がある呉麓山に向かいました。

  雨の中、急な山道を登る     森の中は、雨と霧        ひっかり観音に到着
  

 雨が降りしきる山深い林道を通って呉麓山に向かいました。呉麓山の麓に着くと、雨具に着替えました。そして、重い発電機などを持ってひっかり観音に登りました。雨はだんだん強くなり、森の中は雨と霧に包まれていました。今は梅雨、晴れた日に限っていては、ひっかり観音に登る日程がたちません。濡れて滑りやすい急な山道をのろのろと登りました。

              ひっかり観音に到着すると、少し休憩後研磨を開始


 雨に濡れながらもひっかり観音に到着すると、少し休憩して体を休めました。あたりを見回すと、谷を霧が湧きあがっていました。周りは、さながら霧に包まれた深山のようでした。雨雲に包まれているため、視界が悪く田布施町などの街並みを見下ろすことはできません。休憩後、発電機を動かして屏風岩の研磨に入りました。私は最初、グラインダーに丸い荒砥を付けて磨きました。

 さながら霧に包まれた深山     濡れた屏風岩の研磨      時々丸砥石を交換
  

 ところが、この屏風岩は思ったよりとても硬いのです。花崗岩とのことですので、硬さは石英に近いのではないかと思います。コンクリート用の砥石を使いましたが歯が立ちません。無理に押し付けると、火花が飛んで焼けた匂いが漂います。この時、一度では磨くことができないことに悟りました。一時間程度磨いたでしょうか。腕が疲れたため、皆で休憩を取りました。
 休憩中、ひっかり観音を取り巻くように自然石で組まれた石垣を調査しました。何のための石垣か全く分からないのです。石垣の上に建物らしき残骸もないし、地元にも言い伝えが全くないのです。地方史研究会の史料によると、昔呉麓山を越える街道があり茶屋があったそうです。茶屋があったのでしょうか。謎の石垣です。

               自然石で組まれた石垣の上にある、ひっかり観音


 休憩が終わって、研磨作業を再開することにしました。ところが、発電機がさっぱり動かないのです。何度も試みましたがダメでした。去年の同じ頃、ひっかり観音で木の伐採中にチェーンソーが故障して動かなくなったことがありました。仕方がないため、作業を中止して早々に山を下りることにしました。今回参加された方々、お疲れ様でした。
 ところで、発電機所有者のNさんが自宅に着いて発電機を動かすと、なぜか一発で発電機が動いたとの連絡がありました。不思議なことです。

   急な山道を降りる       雨と霧の森をひたすら下る    やっと林道に降り着く
  


各種花の苗を移植、ほか

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 先日野菜と一緒に花の種をまきました。野菜はちゃんと発芽して育ったのですが、花はなかなか発芽せず、かつ発芽してもダンゴ虫やナメクジか何かの虫に食べられて枯れてしまいました。そこで、ボットではなく直接畑に種を蒔いてみました。すると、どの花も元気に発芽して大きくなりました。花は直接畑に種をまいた方が良いようです。まあ、私のボットの管理方法が良くないからでしょうが。

                発芽して大きく育っている花(一部)


 今回移植したのは千日紅と鶏頭です。まだ苗が小さいのですが、移植してみました。うまく着生すれば、一週間後頃には根が張ってさらに大きくなると思います。米,麦,ヒエ,アワ,キビなどの穀物は20年以上前から作っているので育て方は分かります。一方で花類はこれまであまり興味が持てず、毎年種をまくのは朝顔位のものでした。今後はいろいろな花を作ってみようと思います。

    鶏頭の稚苗          千日紅の稚苗          移植した鶏頭、千日紅
  

 梅雨の時期は、咲いている花が一時途絶えます。畑をあれこれ散策していると、黄色のダリアがポツンと一輪咲いていました。このダリアは3年前に種をまいて育てたものです。以後、毎年晩秋に球根を掘り出しては春に植えているダリアです。その過程で、自分の好きな花色だけを選別しました。
 なお、先日いただいた皇帝ダリアはぐんぐん大きく育っています。すでに普通のダリアの背を越えました。どこまで背が高くなり、またどんな花を咲かせてくれるのでしょうか。

                3年前に種をまいて、花色を選別したダリアの一つ


 このところ、梅雨のために畑はぬかるんで入ることができません。そこで、先日種をまいたトウモロコシとヒマワリの畑に長靴で入ってみました。すると、両者共に発芽していました。これからは梅雨の合間をみては肥料をまいたり、土寄せしようと思います。トウモロコシは農薬をかけないつもりですので、どの程度害虫の被害が出るか分かりません。毎年無農薬で栽培しては採種していれば、害虫に強いトウモロコシが選別できるのではないかと思っています。

      発芽したトウモロコシ                  発芽したヒマワリ
 

平生町 佐賀地区ウォーキングの下見(1/3)

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 7月のウォーキングは平生町の佐賀地区を予定しています。今回、その下見をしてきました。7月は真夏のため、とても蒸し暑くなることが予想されます。そのため、なるべく運動に負担が少ないように下りが多いコースを考えました。去年と同じ、平生町の運動広場近くをスタート地点に選びました。ちなみに去年は、平生町スポーツレクリエーション公園から北に向かって曽根,大野,そして平生街に向ってウォーキングしました。今年はほぼ逆方向のコースを歩きます。

  運動広場から夫婦松へ    枯死した巨大な夫婦松      もう少しでマムシに!
  

 運動広場近くに車を停めて、夫婦松に向かいました。この夫婦松はかつて、天然記念物に指定されていました。しかし、松くい虫にやられて枯死してしまいました。今は、枯死した夫婦松の根本周辺が保存されています。二本の松が接合して夫婦のように見える、江戸時代からの名勝でした。なお、今回は車を運動公園近くに駐車しましたが、夫婦松近くに駐車場があることが分かりました。このため、7月のウォーキング時には夫婦松に駐車することにしました。

                 平生町佐賀、大星山麓近くの大段地区


 夫婦松から再び運動公園に戻り、大星山に向かう道を歩きました。そして、佐賀の大段地区に向かいました。その途中、とんでもない物に遭遇しました。なんと、道脇にマムシがいたのです。A君が最初発見したのですが、最初どこにいるか気が付きませんでした。よく目をこらすと、私の目の前にいたのです。咬まれなくてよかったです。たたき殺そうと思いましたが、周りに適度な棒きれや石がなかったため止めました。マムシに罪は無いのでしょうが、人がいない場所に住んで欲しいものです。

  大段地区のお地蔵様    A君の知人Tさんに偶然逢う    浄土真宗極楽寺
  

 佐賀の大段地区はいろいろな花が咲いていました。特にアヤメ類が綺麗でした。他にも、たちあおい,ダリア,ジキタリス,そしてユリなどが綺麗な花を咲かせていました。また、通りに面するようにお地蔵様が安置されていました。ここは、かつて山を越えて伊保庄に向かう街道があったそうです。その昔、このお地蔵様を拝んでは山越えしていたのでしょう。

 善福寺に行くため坂を下る     ため池のホテイアオイ      善福寺に到着
  

 大段から下っている途中、偶然A君の知人のTさんが畑仕事をしていました。田布施交流館に野菜を卸しているとのことでした。しばらく歩いて、極楽寺に着きました。境内を見学後、善福寺に向かいました。途中、ため池に浮かぶホテイアオイの綺麗な青い花を見ました。

                   龍護寺近くの誰もいない田んぼで昼食休憩


 いったん広い道に出た後、坂道を上って善福寺に到着しました。ご住職様を始めご家族の方がおられなかったため、境内を歩き回って見学しました。そして、次の目的地である龍護寺に向かうため坂道をどんどん下りました。この頃になると、お昼をだいぶ過ぎていました。このため、誰もいない田んぼに腰をかけてお昼休憩にしました。今回は、日差しも強くなく、適度な風が吹いていたため快適なウォーキング日和でした。

                       ウォーキングの下見をした平生町佐賀地区のコース

平生町 佐賀地区ウォーキングの下見(2/3)

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 昼食後、龍護寺を訪問しました。このお寺は以前、防陽八十八ヶ所霊場の第二十番札所として調査した時に訪れました。今回、ご住職様など誰もおられないようでしたので、本堂には上がらず境内だけを見学しました。そして、お寺の周りを巡る八十八のお地蔵様を見学しました。このお地蔵様群は道路工事などで以前より巡りにくくなったようです。脚立に足をかけて巡礼道に入らなければなりません。脚立は足を掛けるとやや危険です。このため、本番のウォーキングではお地蔵様巡りはしません。

   龍護寺に登る石段         真言宗龍護寺        お地蔵様を巡る山道
  

 お地蔵様には番号が刻んでありました。脚立に足をかけた場所にあるお地蔵様は一番です。滑りそうな急斜面を恐る恐る登ると、お地蔵さんが次々に現れました。番号を追いながらお地蔵様を訪ねました。すると、山の頂上付近で草が生え放題となり、番号が分からなくなりました。お地蔵様群を巡る人が少なく、すべてのお地蔵様の草を刈る必要が無くなったのでしょうか。

       頂上付近のお地蔵様を訪ねるも、途中から草が生え放題で道に迷う


 やっとの思いで、道に迷いそうなお地蔵様を巡る山道から広い道に降りました。その広い道を歩いていると、あちこちに「マムシ 注意」と書かれた看板があることに気が付きました。草が生え放題の巡礼道でマムシに出会わなくて良かったです。本番のウォーキングでは、叢や藪に絶対に近づかないように皆さんに警告しようと思います。

 草に覆われたお地蔵様      綺麗なちょうちょを発見     ため池の群がる錦鯉
  

 続いて、はくとり稲荷大社に向かいました。途中のため池で、錦鯉がたくさんいるのに気が付きました。そこで、食べ残していたパンのかけらをちぎって与えました。すると、湧き上がるように大量の錦鯉が集まってきました。人が来ると錦鯉達が集まってくるのは、普段から人が餌を与えているからでしょうか。

  川沿いの道を下る          立派な朱色の鳥居      はくとり稲荷大社を参拝
  

 ため池からしばらく歩いた場所にお地蔵様がありました。その場所から、山の上に続く道がありました。その道を試しに上がってみると、なんとキツネが現れました。久しぶりにキツネを見ました。その後、川沿いの道を下っていくと立派な舗装道路に出ました。広々としたその道を歩いていると、朱色に染められた立派な鳥居が見えてきました。

               びっくりするような鮮やかな彩りの、はくとり稲荷大社


 私は、この神社の事をあまり知りませんでした。そのため、ここを訪れるまでは、ひなびた古い地元のお社位に思っていました。しかし全然違いました。鳥居以上に本殿などの建物はきらびやかに朱色に塗られていました。神仏のことは素人のため分かりませんが、神仏混合のようでした。修行僧の銅像や仏教建築を思わせる建物があるかと思えば、鳥居など神社建築も併存して建っているのです。昭和50年頃から平成一桁代にかけて建てられたようでした。

             ウォーキングの下見をした平生町佐賀地区のコース

平生町 佐賀地区ウォーキングの下見(3/3)

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 はくとり稲荷大社ではいろいろな建物を見ました。踊殿とおもわれる舞台のようなものがありました。踊りか何かが披露されるのでしょうか、又は何かの儀式が行われるのでしょうか。お正月は賑やかとのことですので、来年の元旦にお詣りしてみたいと思います。他にもいろいろな稲荷がありキツネの像がありました。この神社がある山続きで、私が見た本物のキツネは何だったのでしょか。

  踊殿らしい建物          朱色の数々の鳥居       白鳥神社隣りの心光寺
  

 建物群の東側下には教祖様の墓地がありました。また、その反対の西側には教祖殿がありました。なお、教祖様の娘さんは私の同級生らしいことが分かりました。高校時代、教祖様である父親が佐賀の海で修行していたとその同級生が話をしていたとのことです。その同級生をおぼろげながら覚えているため、はくとり稲荷大社に少し興味がわいてきました。

            巨大な前方後円墳の円墳部に建てられた白鳥神社


 はくとり稲荷大社を見終わると、広い舗装道を歩いて心光寺に向かいました。このお寺は古式ゆかしいお寺のように見えました。境内に珍しい木を発見しました。なぎの木です。普通の樹木は、葉脈が複雑に走っています。しかし、なぎは葉の根元から葉先に向かって筋になっているのです。お寺の境内などに、神木して植えられていることが多いそうです。

  白鳥古墳の周辺を散策      お地蔵様(露光童子)      白鳥神社の参道
  

 心光寺を見学し終わると、隣りにある白鳥神社に行きました。この神社は、白鳥古墳とよばれる巨大な前方後円墳の円墳部に建てられた神社です。この古墳は全長120mで山口県で一番大きい古墳です。5世紀(古墳中期)に作られました。同じ頃、柳井にも茶臼山古墳(全長90m)で作られています。これらの巨大な古墳から推測すると、5世紀頃に、田布施,平生,柳井地区に、巨大古墳を作ることができるほどの大豪族がいたことが分かります。当時この巨大古墳を作るため、たくさんの人が借り出されたのでしょう。

   岩田遺跡に向かう        岩田遺跡の石碑        岩田遺跡出土品
  

 白鳥古墳の大きさを実感するため周りを歩いてみました。お社から北側に降りたところが前方部です。その前方部からぐるりと縁を回って後円部に向かって歩きました。古墳と言うよりも山と言った方がよいほどの大きさであることが実感できます。
 白鳥神社を見終わると、最後の訪問地である岩田遺跡に向かいました。遺跡と言っても石碑があるだけです。佐賀公民館に発掘されたものが展示されています。佐賀公民館に入って発掘された石斧,石棒,土器などを見学しました。今回下見ウェーキングに参加された方々、お疲れさまでした。

             ウォーキングの下見をした平生町佐賀地区のコース

午前 発明クラブ、午後は麦畑の草刈り

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 隔週、発明クラブで子供達の工作指導をしています。今回から、発明工夫展に出す工作を作り始めました。二人のお子さんを見ていますが、つい私が子供の頃と比較してしまいます。今は小学生でも電気ドリルや半田ごてを使います。私が子供の頃は、道具と言えば農作業で使うカマ,ノコギリ,ナタ程度でした。事前に自分で使いやすいように研いだものでした。ドリルは高校生の頃に手回し式のものを使っていました。今は、あらゆる道具が揃っているのでうらやましい限りです。

     ピンポン玉を糸ノコで分割中           ベニヤ板をノコギリでカット中
 

 子供達を見ていて気が付くのは、道具が溢れているためか使い方が乱暴のように思えます。例えば、ノコギリを使っている様子を見ると、押したり引いたりが乱雑で上手ではありません。家庭でこれらの道具を頻繁に使うことがないからでしょう。私が子供の頃、毎日の風呂焚き当番でした。このため、毎夜ノコギリで木を輪切りにし、斧で割っては風呂にくべていました。
 今年発明クラブに入った四年生は、六年生まで三年間あります。いろいろな道具の安全な使い方,手入れ方法,整理・整頓方法などを覚えて欲しいと思います。大人になった時、必ず役に立つので。

                   草刈機に関わる小道具
        A:草刈機,B:防護服,C:カマ,D:防護メガネ,E:燃料,F:代えひも


 午前中の発明クラブが終わると、午後からは草刈り作業をしました。今回、草を刈り取ったのは麦畑です。小麦の刈り取り以降、仕事や雨降りの関係でなかなか草刈りができませんでした。今回、曇り空で雨が降らないためようやく草刈りすることができました。麦畑に持ち込んだのは、草刈機,防護服,カマ,防護メガネ,燃料,代えひもなどです。これは私が草刈りする時に持ち込む必須セットです。

   田んぼとの境の斜面   田んぼ側を最初に刈り取り      草刈り完了の斜面
  

 最初に草刈りしたのは、田んぼとの境の急斜面です。すべての斜面は刈れなかったのですが、一番目立つ南側斜面を刈り取りました。あまりに急斜面のため、滑って一度田んぼにずり落ちてしまいました。それでも、なんとか南斜面は綺麗に刈り取ることができました。終わった後、倒した木の幹に座って休憩しました。

   刈り取り紐の交換作業      紐をセット後に蓋        ガソリンを給油
  

 南斜面を草刈り中に、刈り取り紐が無くなりました。作業を中断して、新しい紐を2m程度カットして組み込みました。気分的なものなのでしょうが、紐を新しくするとよく切れるような気がします。紐を組み込んだ時、ついでに混合ガソリンを給油しておきました。南斜面の草刈りが終わると、小麦跡の草刈りをしました。

     小麦跡に生えた雑草の刈り取り          草を刈り取ると気分スッキリ
 

 小麦跡の草刈り作業が終わると、サツマイモの畝間に生えた草刈りをしました。サツマイモは黒マルチに植えてあるため、黒マルチを傷めないようにしなければなりません。草刈機を慎重に動かしながら、サツマイモの畝間を草刈りしました。それが終わると、サツマイモの根本に生えた雑草を取りました。一本一本丁寧に手で掴んで抜きました。これでしばらくは、この畑の除草をする必要はありません。これから、オリーブ畑、桃園、山の笹刈りなどがあります。草刈りする場所があまりに広いので気が滅入ります。

                  草刈りが終わった麦畑、中央はサツマイモの畝

一年ほど前に故障したチェーンソーを修理

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 一年ほど前、ひっかり観音での伐採中に故障したチェーンソーを一年ぶりに修理しました。故障原因のCDIは入手済でしたが、代わりに購入していたチェーンソーが意外にもよく動くので、そのままにしていました。今回、時間が空いたため修理しました。修理すると言っても、CDIを交換するだけなのですが。

   修理したチェーンソー    CDIがある蓋部を外す     故障したCDIが見える
  

 農機具は車と違って雨が降るような野外で乱暴に扱うことがあります。このため、CDIやキャブレターがよく故障します。これまで私が直した農機具のうち、CDIが故障したものは耕耘機TMA31耕耘機TMA25バインダー(稲刈機)です。発動機のようにCDIではない火花発火装置ではポイント間隔などを微妙に修理することで直すことができました。ところが、CDIが出回り始めると修理ではなく交換になってしまいました。私が20代の頃に乗っていたバイクCB50はポイント式でした。エンジンを分解しては修理していた頃が、今では懐かしく思い出されます。

                  故障したCDIと、交換する新しいCDI


 故障したCDIのアース線などの電線を外し、エンジンに固定しているネジを外しました。そして、故障CDIを取り外しました。なお、プラグ類は古いものをそのまま使うため、これも外しました。入れ違いに、交換するCDIを取り付けます。

 故障したCDIを外す      交換するCDIを取り付け    ネジでエンジンに固定
  

 標準的なガソリンエンジンは、永久磁石を使って火花を作り出しています。このエンジンもそうです。強力な磁石のため、緩くネジを締めると、磁石がCDIの鉄片にくっついてしまいました。0.2mm程度の隙間が空くようにCDIを固定します。なお、隙間が空きすぎると火花が弱くなりエンジンがかかりにくい症状が出ます。

          磁石とCDIの鉄片の隙間が0.2mm程度になるようにCDIを固定


 CDIを取り付け終わると、電線を元のように取り付けます。今回一番の難点はプラグです。交換したCDIにプラグを取り付けることがなかなかできませんでした。プラグのゴムが硬化していたためです。それでも、ベンチなどを使ってなんとかプラグを取り付けました。続いて、プラグから火花が出る事を確認しました。
 最後に、混合ガソリンを入れて始動ロープを引きました。すると、何度か引いているうちにエンジンが元気よくかかりました。これで修理完了です。新たに購入したものと合わせて、2台のチェーンソーがあることになります。1台が故障しても代わりのチェーンソーがあるため、慌てなくてもよくなりました。

    交換したCDIにプラグを取り付け         プラグから火花が出る事を確認
 

元小麦畑とサツマイモ畑を丁寧に耕耘

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 時間が空いたため、先日小麦を刈り取りした畑をトラクターを使って耕耘することにしました。耕耘機を使っても良かったのですが、やや曇り空で夕方から雨が降るかも知れないため早く耕耘できるトラクターを使いました。農機具小屋から久しぶりにトラクターを外に出して、元小麦畑に向かいました。トラクターは座る位置が高いため、トラックに乗っているような視界です。

   小麦畑に向かう         後ろを見ながら耕耘    曲がらないよう正面を見て
  

 畑に着くと、さっそく耕耘を始めました。ただやみくもに耕耘すると、耕耘した筋が曲がってしまいます。このため、なるべく真っ直ぐに耕耘するように心がけました。そのため、後を見たり正面を見たりしながら、特に正面方向を真っ直ぐ見るようにしました。ただ、高く土寄せしていた畝のため、同じ場所を2度耕耘して平らに慣らしました。

              後ろや前を見ながら、耕耘跡が真っ直ぐになるように耕耘


 小麦畑を耕耘し終わると、次にサツマイモの畝の周りを同じように耕耘しました。サツマイモは苗を黒マルチに植えているため、黒マルチを傷めないように細心の注意を払いながら傍を耕耘しました。なお、トラクターでは大雑把にしか耕耘できないため、トラクターで耕耘できなかった場所がありました。その場所は、後日小型耕運機で耕そうと思います。

   黒マルチのすぐ傍を耕耘                黒マルチ傍ぎりぎりを耕耘
 


田布施町 麻郷小学校同窓会の案内状をクラス全員へ送付

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  何度かの幹事会を経て、この8月に麻郷小学校昭和40年卒業生の同窓会をします。今回で3回目の同窓会となります。10年前に第1回目の同窓会を、5年前に第2回目の同窓会をしました。これまでの同窓会との大きな違いは特に無いのですが、これまでは私が東京にいて筆頭幹事を務めましたが、定年を迎えて初めてふるさとで筆頭幹事を務めます。よろしくお願いします。
 これまで2回の経験があるはずなのですが、いろいろと個人的な失敗をしています。今回の失敗は、往復ハガキの書き方を忘れてしまったことです。書き方を間違え、10枚近く破棄することになってしまいました。年には勝てません。それにもめげず、なんとか全員74名に郵送しました。

             同窓生全員に送付した同窓会の案内状(往復ハガキ)


 「ふるさとは遠きにありて思うもの」と言います。第1回の同窓会計画時に、同窓会後に懐かしい麻郷小学校の建物を訪れる案を出しました。ところが、同郷の同窓生はいつも見慣れている小学校にあまり興味がないようでした。小学校を訪れるより、みんなで一杯飲む方が楽しいようでした。事前に小学校に行って先生方に訪問を了解してもらっていたのですが、私の案は廃案になりました。
 訪れたいと思っていた小学校の建物は2年前に建て替えられました。もう、あの懐かしい建物には会えないのです。惜しいことをしたと思っています。この件で、卒業後ずっと地元で暮らす人とずっと故郷を離れた人ではふるさとへの思いが微妙に違うことを知りました。
 さて、今回は何人の同窓生が集まるでしょうか。お互いそれなりに年を取りましたが、集まればあっと言うまに少年少女に若返ります。

 ※麻郷小学校昭和40年卒業生同窓会ホームページ(卒業アルバムもあるよ)

      折りこんだ往復ハガキ                郵便ポストに投函
 

古い発動機(ディーゼルエンジン)の始動

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  故障中の発動機を直してみることにしました。この発動機、去年10月に突然動かなくなりました。始動時の圧縮のさいに空気が漏れているようでした。私が思うには、ピストンリングの潤滑油が効かなくなったのではないかと思います。突然の故障を切り抜けるため、水冷式ディーゼルエンジン耕耘機を引っ張り出して代用しました。

               再度動くようになったディーゼルエンジン発動機


 ところがこの発動機、直さなくても始動を工夫することによって動いてくれました。その工夫とは、冬のような寒い時に始動する方法です。その方法とは、始動前に熱湯を冷却水として入れること、そして空気の吸入口にガソリンを水滴たらすことです。この冬にはこの方法で始動できなかったのですが、今回何度か試すうちに白い煙が出るようになりました。そして、煙を吐きながらこもるような回転を始めました。そして、勢いよく回転するようになりました。

    ここに熱湯を入れる       経由を満タンに          高速回転に設定
  

 やれやれ、これでこの発動機が小麦の脱穀や茎の細断に使えそうです。この発動機はとても古いため、使わなくても半年に一度は動かした方がよさそうです。発動機が動いている時、潤滑油がちゃんと供給されているか見ました。すると、潤滑油が流れていることを示すフロートがくるくる回っていました。この発動機は農作業に欠かせません。今後は故障しないように大切に使おうと思います。

      始動クランクを回す                くるくる回る潤滑油フロート
 

古いクラウン製トランジスタラジオ HT-70の修理(2/x)

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 朝から雨が降っているため外に出ることができません。そんな時は、ラジオなどの修理をすることにしています。いろいろな電子部品や測定器の前に座ると、工作や電子回路が大好きだった10代に気持ちが若返ります。
 さて、電子回路基板をよく観察できるように、筐体からシャーシを外しました。これで、シャーシを手に取って回路基板をいろいろな角度から観察できます。ただ、筐体に付いているスピーカーは外せませんでした。このため、小型のスピーカーをシャーシに仮付けしました。

           筐体から外し、小型スピーカーを仮付けしたシャーシ


 さて、このラジオの故障は全く音が出ないことです。低周波増幅部は音は小さいものの大きな問題は無いようです。周波数変換部から中間周波数増幅部を調べる事にしました。そこで、自作のシグナルインジェクター&トレーサーで回路を順番に調べました。すると、中間周波増幅部の初段以降の回路は正常のようでした。このため、周波数変換部の故障が疑われました。

シグナルインジェクター&トレーサーで調査         調査に使用したコンデンサ
 

 初段の周波数変換トランジスタ2SA152の周辺基板を丹念に観察しました。しかし、見かけ上の故障はありません。そこで、テスターを使って周辺の電圧を調査しました。しかし、特に問題点となるような電圧異常は見つかりませんでした。そこで、オシロスコープで観察しました。すると、局部発信をしていない異常が見つかりました。電圧は正常でしたので、OSCコイルやIFT1コイルが断線しているとは思えません。考えられるのはコンデンサです。

                 トランジスタラジオ周波数変換部の標準回路


 そこで、 上図のCBとCEのコンデンサを疑いました。最初にCEを取り替えてみました。変化はありませんのでこのコンデンサではありません。次に、CBに正常なコンデンサを取り付けてみました。すると、局部発信するようになりました。このコンデンサの容量抜け故障であることが分かりました。電解コンデンサの容量抜けはよくありますが、フィルムコンデンサの容量抜け故障はあまり聞きません。

               故障したコンデンサと並列に仮付けした正常コンデンサ


 正常に局部発振するようになったため、いろいろな周波数の電波をSG(シグナルジェネメータ)から出してみました。すると、電波をちゃんと受信しました。また、このラジオのバリコンを回して受信周波数を確認しました。すると、530~1750KHzでした。低い方は正常ですが、少し高い方に寄っていることが分かりました。なお、バリコンを回しているとラジオ放送らしきものを受信しました。スピーカーの音が小さいので、低周波増幅部も故障しているようでした。

      故障したフイルムコンデンサ              綺麗な中間周波波形             
 

今年も、甘くて美味しいビワを収穫

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 我家は今、ビワの収穫時期です。去年はたくさん収穫できたのに、今年は袋掛けをあまりしなかったためだいぶ鳥などに食べられてしまいました。このため、おすそ分けするほどの量を収穫できませんでした。袋を開けると、甘いビワ特有の匂いが漂ってきます。我家のビワは実があまり大きくありません。ですが、色よし味よしです。

              袋を開けると、実は小さいものの美味しそうなビワの実


 ビワを手に取って、皮をくるりと剥します。そして、かじります。すると、ジューシーな果汁が口内に広がります。今年のビワは、果肉がとても柔らかく甘いのが特長です。こんなに容易に全部の皮がむけるのは久しぶりです。大きな種を残して、美味しくいただきました。来年は、ちゃんと枝を剪定して大粒の実がなるようにしようと思います。そして、おすそ分けできるほど、たくさん収穫できるように袋掛けしようと思います。

   2~3個/袋のビワ       ツルンと皮をむく         大粒の種を残して
  

今年の夏も、田布施町麻郷ふるさと会 2015.6.20

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 今週も麻郷ふるさと会で盆踊りの太鼓の練習をしました。最初、麻郷嵯峨音頭の太鼓練習です。この盆踊りは数百年前に京都から伝わったと言われるとても古い旋律です。このため、太鼓の叩き方が独特で、叩いているときに油断するとたちまち乱れてしまいます。太鼓が乱れると、くどきがとても歌いづらくなります。今回の反省点は、いかに大太鼓に小太鼓を合せるかです。どうしても小太鼓が走りがちになります。次回練習時に、大太鼓が見えやすいような位置に小太鼓の位置に変える予定です。

                 最初、麻郷嵯峨音頭の太鼓を練習


 麻郷公民館の2階で麻郷嵯峨音頭の太鼓を練習し、1階で今年入会した子供達に太鼓の叩き方を個別に教えていました。麻郷嵯峨音頭の太鼓は簡単には覚えることができません。それだけに、一度覚えてしまえば太鼓が楽しくなります。くじけず頑張って覚えて欲しいと思います。
 麻郷嵯峨音頭の太鼓練習が終わると、今度は田布施音頭の練習です。これは現代音楽なのでとても覚えやすい旋律です。この夏は、ボーイスカウト世界ジャンボリーでの披露(麻郷小学校)と夏祭りでの披露(麻郷公民館)の二回の演奏がありますので、いつもの年より忙しくなります。頑張って練習しましょう。

    新入会の子供達は個別練習             最後に田布施音頭の練習
 

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