仕事が休みだったため、田布施町観光協会の新たな事務所を訪問して来ました。入口右には「田舎暮らしの家 おいでえ」と、左には「たぶせIJU推進協議会、田布施町観光協会」と書かれていました。今は観光協会だけが入っていますが、4月から移住促進協議会の移住体験ツアーなどの事務所にもなると思います。今全国で若者の間で田舎志向が強いようです。この事務局が、都会から田布施への移住促進のメッカになるといいなと思います。
入口から見た事務局 「おいでえ」の表示 移住などに関わる研修室
事務局がある家に入って挨拶した後、しばらくして外に出てみました。私が気にいったのは東側の広い芝生だった庭です。近くの古民家に、古びた芝刈機が二台ありました。一つは手押し式、もう一つはモーター式です。手押し式は、あちこち錆びていました。試しに動かしてみると、かろうじて動きました。まだ使えるようです。試しに芝を刈ってみましたが、残念なことに雑草が絡みついて止まってしまいました。雑草を取らないと、芝刈機は使えないようです。
田舎暮らしの家 おいでえ 田布施町観光協会事務局
田布施町観光協会の事務局では、4月初めの「さくら祭り」の会場計画を立てていました。去年までは田布施町交流館前の広場で行われてきましたが、今年は詩情公園前の広場などを使って行います。担当の方々は苦労されているようです。会場の図面を開いては何度も検討していました。
さくら祭りが済むと、移住促進協議会の移住に関わるイベントがこの事務局で本格的に始まるのだと思います。
錆びるも動いた芝刈機 2階から見たスポーツセンター 忙しい観光協会関係の方々
話が変わりますが、私は40年近く東京に住んでいました。働きながらも、故郷の田布施の田舎暮らしが忘れられませんでした。自分が田布施で暮らすならばどんな田舎暮らしをしようかと考えながら、ホームページを作っていました。ブログを始める前のことです。下は、恥ずかしながら16年前(40歳代)の私が作ったホームページのある1ページです。
----------------------------------1998.8.1作成-----------------------------------
なぜ田舎暮らし
私はこれまで、絢爛たる都会生活や自然豊かな田舎生活の両方を経験しました。そして、いろいろな人とも交流を深めてきました。
常識的な事でしょうが、都会で暮らしてる人々は近代的で優れた生活をしています。そして、お金さえあれば必要な物はすぐに手に入ります。
しかしながら都会は、何かしら心にゆとりがなく喧騒的です。また、排気ガスなどの環境汚染,交通戦争,騒音と過剰照明などに囲まれた生活が当たり前となっています。子供も大人も、常に背中から押されて走り続けなければならないような、せわしない毎日です。また、建物や道路などのインフラは、健常者には効率的で快適であっても、お年寄りなど弱い立場の人には時として優しくありません。
一方で、文化的に一歩引いている田舎は、今やかつての貧困の痕跡はありません。人々は都会にない落ち着いた生活をしており、それに比例して他人に対して親切な人が多いような気がします。私がいろいろな山村を訪れた時、初対面の私を招き入れてお茶をふるまってくれた人が数知れずいました。都会ではありえないことです。
収入が多く豊かなはずの都会人の貧困な住環境、一方で収入が低いにもかかわらず田舎の豊かな住環境。いつから逆転してしまったのでしょうか。田舎には、まだまだ男尊女卑,村八分,そして談合的な文化が残存しています。しかし、世代が変わるたびに改善されています。
そして今、効率化され無機質な都会において、自然と共生できる田舎生活が見直されています。都会の中にせせらぎが作られ、田舎を模した公園があちこちで造られています。また、魚や水生昆虫が住める川作りが始まっています。これらのように、ちょっとした無駄が人に優しい潤いをもたらしていることが分かってきました。
私は、人間自身にも、無駄と思われるような生活やちょっとした寄り道が、人生に潤いを与えていると思います。そして、地位,学歴,収入だけで測られてきたこれまでの幸福度の指標が変わっていく、時代の転換期に今はあると私は思います。
私は、里山を探索・調査したり田畑を借りて耕作した経験などを元に、これから本格的な田舎生活をして、そのノウハウやメンタルな心得を体得できたらと思います。