今日は西の寺子屋でした。午後、中央公民館に行って車をお借りしました。私の車とほぼ同じ大きさのデミオでした。大きさがほぼ同じなため以前お借りして運転したハイブリッド車よりもすぐに運転に慣れました。さて、田布施西小学校に午後二時半頃着きました。しばらくすると西の寺子屋の子供達30人位が集まってきました。これから、正信寺と龍泉寺に行きます。私はそのうち3人を車に載せました。
正信寺境内に到着 本堂の仏さまを拝む 紙芝居に登場する観音様
最初、正信寺に行きました。急な上り坂を登って境内前の駐車場に着きました。本堂前で靴を脱ぎ、広い部屋に入りました。そして、別の小部屋で紙芝居に登場する観音様を見学しました。広い部屋に戻ると、子供達は見学した観音様について質問,感想,絵などを用紙に書きました。
観音様に関する質問や絵を書く ご住職様による紙芝居披露
次に、ご住職様による紙芝居の披露です。紙芝居の内容は、このお寺に伝わる観音様に関わる不思議な言い伝えです。このお寺がができたのは400年位前のことです。言い伝えの真意は別として、当時の人達は、仏教や言い伝えそして伝説を信じていたのでしょう。子供達は座って紙芝居を聞いていました。
ご住職様による紙芝居を聞く子供達
正信寺の見学や紙芝居が終わると、本堂前入口で靴に履き替えました。そして、次の龍泉寺に向かいました。龍泉寺は田布施町竹尾最奥部にあります。こんもりした森の中にある静かなお寺です。お寺の前の石階段を登り、紙芝居に登場する山門をくぐって龍泉寺に入りました。
正信寺本堂前で靴に履き替え 龍泉寺前の石階段 龍泉寺の山門をくぐる
龍泉寺本堂に入るとご住職様より、山門,鐘撞堂,タラヨウの木,座禅などについてお話がありました。私はこれまで何度も龍泉寺に来ているため、なつかしくこれらを見聞きしました。説明が終わると休憩です。お母さま方やご住職の息子さんから、子供達にお茶やお菓子が配られました。ありがとうございました。
山門,タラヨウ,鐘撞堂 龍泉寺の本堂 お茶やお菓子が配られる
休憩が終わると、ご住職の奥様より紙芝居の披露がありました。その昔、山門が建てられ、すぐあとに本堂が建てられたそうです。つまり山門が一番古いのです。紙芝居は、この山門の建立に関わるお話です。確か、山門を建てたのは田布施町麻郷鳥越の宮大工です。その宮大工が棟梁として山門を建てたときの言い伝えです。
ご住職の奥様による紙芝居を熱心に聞く子供達
江戸時代から明治時代にかけて、お寺は町や村の文化の中心でした。境内に寺子屋が作られるなど、ご住職は教育者あり名士の一人でした。かつて、多くのお寺に幼稚園や保育園があったのもその名残です。文字が書けるお寺の息子たちは貴重な人材でした。そのため、幕末期にはお寺からたくさんの奇兵隊士が出ました。さらには、お坊さんだけで構成される僧坊隊が結成されるほどでした。
紙芝居を熱心に聞く西の寺子屋の子供達
紙芝居が終わる頃、だいぶ時間が押していました。そのため、タラヨウに字を書く体験はできませんでした。その代わり、家に持ち帰るタラヨウの葉がお土産として子供達に配られました。この葉の裏をひっかいて字を描くと、数分後にその字が黒く浮き上がってくるのです。この木はハガキの木として、各地の郵便局に植えてあることが多いそうです。
配られたタラヨウの葉 山門前の石段を下りる さようなら!田布施西小にて
龍泉寺を出ると、子供達を載せて出発地の田布施西小学校に戻りました。田布施西小学校に着くと、子供達は車を降りランドセルを取りにいったん校舎に入りました。そして、校舎を出たところで各自解散しました。さようなら。私は車を社協に返して、我家に帰りました。
西の寺子屋のお世話をされた方々や保護者の方々、お疲れ様でした。
今回、西の寺小屋で訪問した正信寺と龍泉寺
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田布施町 西の寺子屋 正信寺と龍泉寺を見学し、紙芝居拝聴
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