柳井市のアクティブやないで、石城山に関する講演会がありました。A君も来ていました。石城山には子供頃から何度も登っていました。また、この3月にも調査のため登りました。石城山の石垣は、戦国時代のように石を組むのではなく、レンガを積むように石が置かれている工法です。一目で石垣の違いが分かります。
今回この講演会に参加して、私が常々疑問に思っていた謎が一つ解けました。それは沓石が山門の土台石と呼ばれているのに、どうして扉の軸穴が無いのだろうとの疑問でした。ところが、別の古代山城の沓石には軸穴が掘られていたのです。つまり、石城山の山門は、完成前に放棄されたのではないかとのこと。そのため、歴史から抹消されてしまった可能性があるのです。その他、東アジアとの関係などは私の考えと同じでした。古代を調べるには、中国を含む世界史の知識が必須です。いろいろ勉強になりました。
この講演会が終わると、柳井縞工房がある白壁通りに行きました。
配布された数々の資料 石城山のページ
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歴史セミナー「石城山から考える東アジアの古代山城」講演会に参加
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