平生町大野南の園田集会所に着くと昼食休憩をとりました。この集会所は別名「弘法大師堂」です。四国八十八箇所霊場の四十三番札所のお寺と関係があるようです。ただ、地元の方に由来を聞いてもよく分かりませんでした。地元の方が由来を知らないほど昔に建立されたのではないかと思います。かつてはこの大師堂で、お大師講が開かれていたのではないでしょうか。
お昼休憩をした園田集会所(四国四十三番弘法大師堂)
この弘法大師堂、その昔に四国八十八箇所巡りをした方がいて、四十三番札所のお寺から弘法大師堂を建ててよいとの勧請をいただいたのではないかと思います。ちなみに、平生町教育委員会発行の「懐かしい平生町の街並み図「」には「弘法のお堂」と記載されています。
園田集会所に安置された仏様 大きな岩の上に安置された祠
40分位のお昼休憩が終わると、大きな岩とその上に安置された祠に向かいました。平生町の山側には大きな岩がたくさんあります。どの岩も何万年も前からあるのでしょう。はかない命しかなかった昔の人々は、そんな大岩を見て惹かれる何かを見出したのではないかと思います。神様をあまり信じない私でも、大岩や大木の幹を見ると何か心を打たれるものがあります。
道端のお地蔵様 川傍の謎の石柱 猫の歓迎を受ける
次に日向平側の道に移ると、道端か見下ろすように安置されたお地蔵様を見学しました。続いて川の傍に置かれた石柱を見学しました。文字が削られて読めません。なぜ文字が消されたのか気になります。続いて、中村地区に入りうっそうとした林の中にある荒神社に向かいました。不思議なのは鳥居に田邊社と刻まれていることです。この一帯はかつて田邊と呼ばれていたのでしょうか。お社の中には他にない珍しい名前を持つお社があります。なんらかの由来があるのでしょう。荒神様から戻ると大野薬師堂に行きました。
荒神社(鳥居は田邊社) 下見時に休憩した大野薬師堂