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Channel: 東京里山農業日誌
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昭和30年代の平生町の面影を巡る下見ウォーキング(4/4)

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 つばさ保育園を過ぎると、近くの平生中学校校門前を歩きました。そして、しばらく歩くと大井川に着きました。左側に曲がって清岸寺に行きました。このお寺も浄土真宗のため安寧祈願を断られました。仕方がないため、本番ウォーキング時にこのお寺で各個人が心の中でお祈りすることにしました。清岸寺を出て橋を渡っている頃、偶然Tさんから電話がかかってきました。すぐ近くだったため、T邸に寄らせていただきました。Tさんありがとうございました。

            見学した平生町歴史民俗資料館


 T邸を出ると水越を左に入り平生街に入りました。しばらく歩いて大内川の橋を渡ろうと思っていたら工事中でした。そのため、別の橋を渡って旧習成中学校跡地や旧保育園跡地を訪れました。しかし跡地の碑はどこにもありませんでした。そのため、旧習成中学校や旧保育園が実在したことを知らない人が多いのではないかと思います。ちなみに、昭和30年に統合されて廃校になった田布施旧麻郷村の旧麻郷中学校跡地には石碑が建っています。

 平生中学校校門      訪れた清岸寺     熊川沿いの神社   
  

 旧習成中学校跡地や旧保育園跡地をしばらく眺めると、平生町庁舎南側の道を歩き熊川に出ました。私が園児の頃、この川の堤防沿いを歩いて通園していました。当時の友達の家もありました。友達の家に寄りながら帰っていると、当然ながらだんだんと友達の数が少なくなりました。最後に人島の友達の家に寄ると、私一人が麻郷に歩いて帰りました。当時のことですが、友達と一緒に帰っている時にみんなで小さな小川を飛び越えました。しかし、私一人だけがその小川を飛び越えられず濡れてしまったことがありました。

  平生町民俗資料館を訪問         弥生時代の遺物などを見学
 

 熊川に出ると平生町歴史民俗資料館に行きました。そして、2階の歴史民俗資料を見学させていただきました。平生町にも古代から近代にかけてのたくさんの資料があります。田布施町も同様ですが、海から相当離れた場所で海に関わる遺物が見つかることがあります。例えば漁具に使う石製の重りです。この漁具遺物が見つかることで当時の海岸線を推定することができます。さて、閉館時刻の16:00に平生町歴史民俗資料館を出ました。そして、出発したMaxvalueに向かいました。下見に参加された方々お疲れ様でした。

   昭和30年代の平生町の面影を巡る下見ウォーキングのコース


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