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Channel: 東京里山農業日誌
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去年収穫した小麦を製粉し、パンにして食べる

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 自家製のパンをまた作ってみました。我家の畑で収穫した小麦天日干ししたものを製粉した全粒粉を使っています。砂糖,塩,バター,そしてドライイーストだけを使ったとても素朴なパンです。市販のパンより見かけは悪いのですが、それなりに美味しく食べています。

    小麦を製粉中       規定量の全粒粉        規定量の砂糖
 ゛ 

 まずは小麦を貯蔵タンクから取り出して、製粉機を使って全粒粉にしました。そして、200g位の全粒粉を製パン機に入れます。次に、砂糖を大さじ一杯,食塩を小さじ一杯,パターを少量、それらも製パン機にそのまま入れます。続いて、水を規定量入れます。最後に、ドライイーストを製パン機の上蓋に大匙一杯入れました。ドライイーストは、練りが終わった頃に自動的に投入されるようです。

  バターを少々投入       200ccの水を投入      最後にドライイースト投入
  

 我が家で使っている製パン機は、婆様が20年位前に購入したものです。倉庫の中に置いてありました。その当時、家庭でパンを作ることが流行ったそうです。とても古い製パン機ですが、なんとか動いています。ただし、時刻や経過時間が曇ってよく見えません。また発酵がうまくいかず?それほど膨らまないのは、材料が悪いのか、温度や時間が少しずれているのではないかと思います。かと言って、新品を購入する余裕はないため、この古いパン製造機をそのまま使っています。

            20年位前の製パン機、練りの途中


 スイッチを入れて5時間程度後、パンは出来上がります。小麦品種はパン用なのですが、グルテンが少ないのかあまり膨らみません。包丁で切ると、断面はフランスパンのようでもあり、カステラのようでもあり、ややぼそぼそしています。食べる時は、トースターで焼きます。わずかに糠のような香りがしますが、焼いた直後にバターを塗れば糠の香りは消えます。
 少しぼそぼそするパンですが、焼き立てはとても美味しいです。このパンを食べ終わると、数日後また同じように製粉してパンを焼きます。その繰り返しです。パンに関して我家の自給率は30%位でしょうか。もっと美味しくパンを焼くことができるようになれば、自給率が上ると思います。

   焼き上がったパン     断面は茶色カステラのよう     焼いた後バターを塗る
  


光市 楽しかった虎ヶ岳ウォーキング(1/2)

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 先月下見をした光市の虎ヶ岳をウォーキングしました。いつもは平坦な道をウォーキングしていますが、久しぶりに山らしい道を歩きました。田布施町交流館に集合した後、車で渓月院に向かいました。そして、渓月院に車を一台置いてから常安寺に向かいました。
 ウォーキングをスタートしたのは常安寺です。ご住職がおられるかと思いましたがご不在でした。常安寺の登山口から竹林の道を登って行きました。しばらく登ると、観音滝があります。昨日まで雨が降っていたため、轟音をあげて水が落ちていました。

 常安寺をスタート        竹林の道を登る       観音滝を見ながら小休止
  

 観音滝を過ぎると、だんだん道の傾斜がきつくなってきました。沢すじの道のため、所々で道が小川で寸断されています。そんな時は、赤いリボンを頼りに道を探します。昨日雨だったため沢の水量がいつもより多く、水に濡れない石を踏みながら道を進みました。先月下見をした時はやや寒かったのですが、今回は山を登っていると体がほかほかしてきました。

          沢筋の道は所々寸断、濡れてない石を踏みながら歩く


 尾根まで2/3位まで来た所で、急登が続くようになります。歩幅が合わないので、下を見ながら注意深く歩かなければなりません。一ヶ所、ロープを持ちながら登る岩場がありました。その岩場は苔が生えていて滑りやすいため、気を付けながらロープをたぐりました。さらに進むと、展望滝の展望所がありました。そこで、小休止をしました。視野が狭いのですが、遠望することができる場所です。

 ロープをたぐり岩を登る      展望滝で小休止      明るい尾根に出る
  

 展望滝からは沢が無くなり、登山道が上に向かっていました。もうしばらくの登り坂です。15分程度歩くと、だんだん尾根が頭上に見えてきました。尾根に出ると、虎ヶ岳頂上まではもうすぐです。尾根に出ると南からの日差しが当たるようになり、心なしか皆は元気になりました。あと一息で頂上です。

          正午少し前に虎ヶ岳に到着、絶景を見ながら昼食休憩


 尾根を200m位登り降りすると、虎ヶ岳頂上に着きました。先客が数名いました。到着すると、少しばかり展望を楽しみました。春の暖かい日差しと涼しい春風に当たり、快適な気持ちになります。お腹もすいてきたため、すぐに昼食休憩にしました。

           常安寺から渓月院までの虎ヶ岳ウォーキングコース

柳井市のお大師様(おだいっさー)にお詣り

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 3月21日はお大師様(おだいっさー)の日です。午前中時間があったため、柳井市の金剛寺に行ってきました(※午後は、たぶせ少年少女合唱団 第13回定期演奏会に)。お大師様(おだいっさー)にお詣りしたのは3年ぶりのことです。かつては、姫田川周辺から金剛寺までの界隈が賑やかだったように思いますが。3年前、すでにお詣りする人は極めて少なくなっていました。今回は3年ぶりのお大師様(おだいっさー)ですが、参拝者数は3年前とあまり変わらないように思いました。

   金剛寺の石階段       静かな金剛寺の門        本堂前の石階段
  

 お詣りする方々のほとんどがお年寄りです。子供を連れてお参りする方もいましたが、少ないため子供の声が珍しいほどです。金剛寺に来たついでに、南陽,防陽,周陽の三つの霊場について聞きましたが、霊場について知っている人はいませんでした。これら霊場について知っている人が、今や皆無なのだと、がっかりしました。

             たくさんの方々がお詣りしていた金剛寺本堂


 金剛寺本堂に着くと、火が点いた線香を購入しました。そして、その煙を体にかけるようにしました。ところで、今回は二つ良いことがありました。一つ目は、鐘突き堂近くを歩いていると、お接待をいただいたことです。小さな袋菓子をいただいたのですが、子連れの若いお母さんにいただきました。若い人がここでお接待をしていたので、少々驚きました。 

    購入した線香        鐘突き堂に向かう      一軒だけの出店
  

 もう一つは、八十五番のお地蔵様の場所を教えてさしあげたことです。一番のお地蔵様から順番に八十四番までのお地蔵様までは分かるのですが、八十五番のお地蔵様だけは離れた場所にあるのです。八十四番まで来て戸惑っている方々に、八十五番のお地蔵様をお教えしました。
 金剛寺から帰るとき、出店でタイ焼きを購入しました。3年前はたこ焼き、焼き鳥もあったのに、今回はタイ焼き屋さんだけでした。この一軒だけのタイ焼き屋さん、来年もお店を開いているでしょうか。

                 鐘突き堂と八分咲きの桜

田布施町 第13回 たぶせ少年少女合唱団 定期演奏会 第一部 2016.3.21

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 午前中は柳井市のお大師様(通称:おだいっさー)に行き、午後は西田布施公民館で開催される第13回たぶせ少年少女合唱団定期演奏会に行きました。去年の定期演奏会は開演直前に行ったため、良い席に座れませんでした。そのため、今年は開演30分前に行きました。そのため、比較的良い席で鑑賞することができました。

          たぶせ少年少女合唱団テーマソング Humming Angel


 席に座ってから開演まで30分近く時間があるため、小説を読んで時間をつぶしました。気が付くと、開演の時間となりました。幕が上がると聞きなれたたぶせ少年少女合唱団テーマソング Humming Angelです。何度も聞いているため歌詞を覚えていましました。今回の定期演奏会は三部構成です。第一部は誰もが知っている童謡が中心のメドレーでした。

       うみは広いな大きいな              かわいい魚屋さん
 

 最初の童謡はうみで、中学生以上によるソロと合唱です。次は小学低学年よるかわいい魚屋さんです。そして,カモメの水兵さんです。私が保育園生だった60年位前、平生座でこの童謡に合わせて踊ったように記憶しています。他におもちゃのマーチや一休さんなどの童謡でも踊りました。かもめの水兵さんが終わると、砂山でした。

    カモメの水兵さん          砂山           サンタルチア
  

 砂山に続いてはサンタルチアでした。童謡ではないのですが、誰もが知っている歌です。もともとはナポリ民謡のようで、ナポリ近くの海の美しさを歌っています。そして、最後は浜辺の歌です。全員で歌っていました。この定期演奏会に向けて、3月は特に一生懸命練習したのでしょう、練習の成果が表れていたように思います。

                  第1部最後、浜辺の歌

光市 楽しかった虎ヶ岳ウォーキング(2/2)

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  虎ヶ岳頂上は、最高の天気でした。風も雲もなく、これだけ青空の日はとても久しぶりのことでした。頂上に着くと、あちこちの山を指さしながら展望を楽しみました。そして、各自好きな場所に陣取ってお昼ご飯にしました。私はコンビニで購入したパンを食べました。

             虎ヶ岳の頂上、風も雲もない真っ青な快晴


 下見の時はもう少し先まで行きましたが、今回は頂上からの長い尾根歩きを楽しむことにしました。とても長い尾根です。アップダウンの少ない、歩きやすい山道が延々と続きます。ただ、展望がないのだけが残念な尾根です。

   長い尾根歩きの始まり      延々と尾根歩き        もうすぐ岩嶽展望台
  

 休まないで林の中の尾根道をどんどん歩いていると、観音寺方面などの下り道に出会います。それらの下り道に迷わされず、尾根の終端の渓月院に向かってどんどん歩きました。そして、岩嶽展望台に着きました。この展望台は鉄塔下にあります。岩田方面や呉麓山がよく見えました。10分程度休憩して再び歩き始めました。

           岩嶽展望台で小休止し、岩田方面の展望を楽しむ


 岩嶽展望台からは下りの傾斜がややきつくなります。そして、ゴロ石が道に目立つようになります。そのため、下を注意しながら、そして足を踏ん張りながら歩かないと転んでしまいます。このような坂を長く歩いていると足を痛めてしまいます。私が一番足を痛めた経験は、富士山の下り坂です。三時間近くも、延々と砂の下り坂を下りました。通称「砂走り」と呼ばれる斜面です。次の日は足が痛くて、立つのもつらいほどでした。また、北アルプスの下り坂を急ぎ過ぎたためか、急性関節炎になったことがありました。足が痛くてのろのろとしか歩けず、通勤が地獄でした。

  下りの傾斜がきつく       杉林のゴロ石下り道       渓月院に到着
  

 急なゴロ石斜面を何度かジグザグに歩いていると、ようやく渓月院の伽藍が見えてきました。渓月院に着くと、本堂内を見学させていただきました。そして、近くにある代々ご住職の墓地などを見学しました。今回参加された方々、みんな元気そうで安心しました。小学3年生のaちゃんはポンポン歩いて、大人より元気でした。下り坂で捻挫する方が出ないか心配しましたが杞憂でした。 

       渓月院の本堂、そして霊亀が出たと言われる池と音が鳴る太鼓石橋


 ところで、来月は麻郷から麻里府にかけてのお遍路道を歩く「一日詣り巡礼ウォーキング」です。ある霊場の札所ではお接待をするとか。ところで、南平和霊場第五番札所西遊寺のすぐ近くに大岩があります。そのため、巡礼ウォーキング中に大岩に寄ることにしました。森,川,海など約24kmを歩く健脚向けコースですが、昔の人はこれらの距離を平気で歩いていました。

            常安寺から渓月院までの虎ヶ岳ウォーキングコース

耕耘機ロータリー刃の交換準備、田布施町郷土館の歓送迎会

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 午前中、耕運機で畑を耕していました。その時、ふとロータリーの刃を見ると、ずいぶんと摩耗していることが分かりました。一番細い場所は1cmに満たないのです。このまま耕耘していると、突然刃が折れてしまいます。そこで、東京に住んでいる時にもらった耕運機があるのですが、今は使っていません。そのロータリーの刃と交換することにしました。まずは、使っていないロータリーから刃を外しました。

  摩耗したロータリーの刃    使っていないロータリー    ロータリーから外した刃
  

 刃を外すロータリーは7年近く使っていませんでした。そのため、刃が錆びついており、なかなか外すことができません。刃を固定しているナットに合致したレンチを使って外しました。一気に力を入れるとナットが折れるため、じわじわと力をいれて外しました。次回は、今使用中の耕運機のロータリーから摩耗した刃を外します。時間と手間がかかるロータリー刃の交換です。

            使っていないロータリーから外した9個の刃


 そして午後6時、この4月に退任されるN館長と4月に就任されるMさん、ご2人の歓送迎会がありました。この1月まで郷土館内で仕事をしていた観光協会の方々もお見えになりました。
 私が定年退職で田布施町に帰ってきた頃、Nさんは館長に就任されました。その後ご縁があり、私は郷土館の職員にならせていただきました。ありがたいことです。この3年間の思い出話に浸りながら、料理を摘まみつつ談笑しました。これまで大変お世話になりました。退任後も時々、郷土館に気軽に足を運んでいただけたらと思います。

            料理を摘まみつつ談笑中の、田布施町郷土館の歓送迎会

田布施町 第13回 たぶせ少年少女合唱団 定期演奏会 第二部 2016.3.21

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 たぶせ少年少女合唱団定期演奏会第二部は、女声(児童)のための合唱組曲「キュイジーヌ」でした。料理に関する歌のメドレーでした。最初は、スバゲッティ・ベスカトーレの歌でした。イタリアの代表的な料理の一つである、スパゲッティの歌でしょうか。

                   スバゲッティ・ベスカトーレの歌


 次は、インド風チキンカレーの歌でした。そして、スペインの踊り(フラメンコ)が入った歌「パエリア」でした。私は個人的に、フラメンコギターが好きで、何枚かCDを買って聞いていたことがあります。下手でしたが、クラシックギターを演奏していた時期がありました。続いて、オムレツの歌です。この歌は感情移入しやすく、なかなか心地良く聞くことができました。

 インド風チキンカレー        パエリア            オムレツ
  

 第二部の中で変わっていたのは、大阪風お好み焼きの歌です。面白いダンスでした。第二部最後の歌は花でした。森山直太郎の歌で有名です。私も好きな歌の一つです。ところで40年位前のことですが、森山直太郎の母親の森山良子の歌が好きでした。当時レコードを購入してよく聞きました。ちなみに今でも「この広い野原いっぱい」の1曲が私のスマホに入っています。
 
      大阪風お好み焼き                 花
 

周防大島 道の駅サザンセトとうわ、四境の役 大島口の戦いに関わる講演会

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 久しぶりに周防大島に行ってきました。その一番の目的は、明治維新時の四境の役に関わる講演会を聞くことです。開演が午後二時のため、それまで周防大島のあちこちに行きました。最初、東和町の道の駅サザンセトとうわに行きました。一昨年、いつもの友達と行ったり家内と行ったりしました。私は、ミツバチがミカンの花から集めた蜂蜜を購入しました。そして、婆様に頼まれたミカン(デコポン)を購入しました。

  蜂蜜を購入したお店       道の駅の建物        シーボルト上陸記念碑
  

 道の駅サザンセトとうわを出ると、海岸沿いの桜並木を通って沖家室島方面に行きました。途中、シーボルト上陸記念碑に立ち寄りました。快晴だっため、コバルトブルーの海がとてもきれいでした。9年位前に沖家室島へバイクで行ったことがあるのですが、その時バイクが故障して往生した苦い思い出があります。橘町のとあるラーメン屋さんに行きました。とても貴重な、昔そのものの店内でした。とても美味しかったです。

           シーボルト上陸記念碑から見た、コバルトブルーの美しい海


 大島町の喫茶店コナで時間をつぶした後、大島文化センターに行きました。前から二番目の席に座って、原口泉氏による、「四境の役 大島口の戦い」に関わる講演会を聞きました。氏はテレビドラマの時代考証などを担当しておられるようで、歴史にとても造詣が深い方です。
 講演会が終わった後、長州藩で起きた薩摩船の襲撃事件(加徳丸事件)の被害者薩摩藩士大谷仲之進(埋葬時、仲之進のところを忠義を尽くしたので仲を忠とした)のお墓にお詣りしたことなどをお話し、わずかな時間でしたが談笑させていただきました。なお、昨年の田布施郷土館「冨永有隣と明治維新に関わる人達」展で、加徳丸事件に関わる水井精一の遺墨などを展示しました。いろいろ貴重な話を聞くことができました。周防大島からの帰り道、柳井港近くの華月堂でスイーツを楽しみながら談笑しました。

    時間をつぶした喫茶店コナ            講演された原口泉氏
 


田布施町 第13回 たぶせ少年少女合唱団 定期演奏会 第三部 2016.3.21

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 第13回たぶせ少年少女合唱団定期演奏会の第三部は、オペラ「がらくたおばけ」でした。一昨年はオペラ「木の実たちのけんか」 。そして、去年はオペラ「鳥と虹」でした。定期演奏会では毎回、新作の子供オペラをするようです。オペラと言うと、都会でしか見ることができないとの先入観がこれまでありました。私が高校生位の時は、オペラは東京や大阪でしか見ることができないと思っていました。今、子供向けとは言いながら、田布施でオペラを鑑賞できるのはありがたいことです。

                第三部はオペラ「がらくたおばけ」


 さて、「からくたおばけ」のストーリーは人間に捨てられた古い道具が、おばけとなって人間に悪戯したり脅かしたりする物語です。いわゆる、使い捨て文化に対する警告、物を粗末にしない文化、物には言霊があるという、どちらかと言うと日本的なテーマだと思います。

   定期演奏会のパンフ       道に迷う子供達        道具のおばけに驚く
  

 私は、昔使っていた道具をいくつか持っています。例えば、40年以上前に高校生時代に使っていたナップサツクを今だに使っています。段舎利好きな家内とは性格が反対なので困っています。古くて使えなくなった道具は、ポイ捨てるのではなく再利用したり再資源化することが大切なのかなと思います。
 ところで、私の趣味の一つは壊れたラジオを修理して生き返らせることです。これまで何台も直しました。治ったラジオは私に感謝しているでしょうか。あるクラシックカーのカーラジオを生き返らせた時は、持ち主の家族に感謝されました。私も嬉しかったです。そのカーラジオ、生き返ってさぞかし私に感謝していることでしょうね。

     目が覚める子供達と和尚様            オペラを演じた子供達
 

田布施町 木地~坪曽の古道(大内街道)調査ため行者山北麓を探索

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 午後1時半に田布施町中央公民館前に、地方史研究会会長のH氏を始め4人が集合しました。木地からは地元の方が1名加わりました。今回は、木地から行者山北麓を通って大波野坪曽に抜けたとされる古道(言い伝えでは「大内街道」と呼ぶ)を調査しました。地元の方の案内で、木地からスタートしました。古道の入口はすっかり木が茂っていて、地元の方でないと気が付きません。

  古道(大内街道)の入口     深くえぐれた古道      途中に焼場らしき跡
  

 大内街道をどんどん進むと、途中に焼場跡とおぼしき跡がありました。その付近を見渡しましたが、建物などは全て腐り果てて何も残っていませんでした。しばらく行くと、竹が生い茂っている場所に出ました。このあたりから道が分からなくなりました。倒れた竹を跨ぎながら進んでいると、行者山の北山麓の尾根に出ました。はっきりとした道が無く、あちらこちら古道がないか探しました。

               倒れた竹を跨ぎながら、行者山の北山麓尾根に向かう


 尾根に出ると、獣道か林業道のような道を北に向かって進みました。尾根を一端下がって、山の上に出ると、イノシシの大群(10頭位)がいました。私を見ると、一斉に反対方向に音をたてて逃げて行きました。昼間でもイノシシは活動するのですね。イノシシがいた山頂には、小さな塚のようなものしかありませんでした。さらに尾根伝いに進むと、巨岩群が鎮座する山頂に出ました。道はたくさんあるのですが、イノシシが通る獣道なのか古道なのか見た目では分かりません。その尾根をさらに北に進むと、惣津の妙見社に着くのではないでしょうか。

  巨岩群が鎮座する山頂     標識がある古道に出る      枯れた溜池跡
  

 地図上では、その山頂付近から少し戻った尾根から東に向かえば坪曽のはずです。道がはっきり分らなくても、とにかく東に向かえば、坪曽のどこかに着くだろうと谷をどんどん下りて行きました。険しい谷をどんどん降りていると、白い標識を見つけました。

                溜池や棚田を支えている立派な石垣


 この標識が立っている場所にははっきりとした道が通っていました。さらに、自分が降りてきた谷方向を振り返りました。すると、えぐれたような古道があるではありませんか。沢すじの谷は崩壊しやすいため、古道が崩れてしまった可能性があります。また、お地蔵様が安置されたのではないかと思われるような土台のような石が、その古道のそばにありました。周りを探しましたが、お地蔵様を思わせるような石はありませんでした。

    巨大な岩と言うか、岩の崖            やっと坪曽の集落に出る
 

 白い標識が立っている道を降りていると、枯れた溜池がありました。その溜池周辺の棚田跡をぐるりと調査していると、上の方に巨大な岩の崖が見えました。その崖の直下に行ってみました。その岩の崖は大きくえぐれているのですが、崩れているのか採石場跡なのかは分かりませんでした。
 その岩の崖を降りて、再び道に戻って下っていると坪曽に出ました。その場所は、坪曽の北端でしょうか。今回は行者山の道なき北山麓を歩きました。途中、イノシシの大群に出会ってビビりましたが、無事に木地から坪曽に抜けることができました。しかし、どの古道が大内街道なのか確定できなかったのは少々残念でした。今回の調査に参加された方々、お疲れ様でした。

        木地~坪曽の古道(大内街道)調査ため探索した行者山北麓

ジギタリスの苗を、縁側前の庭に植え付け

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 私の好きな花の一つに、ジギタリスがあります。何故好きかと言うと、子供の頃に我家の庭に一株のジギタリスがあったからです。特に肥料を施していたわけではないのに、毎年のように鈴なりの花を咲かせてとても綺麗だったからです。宿根草であることは後に知りました。冬は地上部は枯れるのですが、毎年のように地面から芽がでてきます。そして、いつものように花を咲かせていました。紫色の花だったように記憶しています。

  耕運機で庭を耕す       購入したジギタリスの苗     等間隔に苗を置く
  

 ジギタリスの苗を植えるのは、我家の縁側前の庭です。先日、ナンテンなどを伐採した後に耕した場所です。縁側の廊下から目の前に見える庭です。ジギタリスの苗を8株植えるのですが、まだまだ花を植えるスペースはありそうです。空いたスペースには、皇帝ダリアかカンナなどの宿根草を植えてみようかと思っています。

   縁側から見て前二列に苗を並べる          ボットから苗を抜き出す
 

 すべての苗を等間隔に置いてから植え付けました。ボットから苗を抜き出すと、移植ごてで掘った穴に苗を入れました。そして、周りに土を寄せました。すべての苗を植え付け終わると、ジョロに水入れてたっぷりかけました。まずは、根付くかどうかが心配です。根付いたことを確認した後、肥料を周りに施そうと思います。さて、綺麗なジギタリス独特の花が咲くでしょうか。

        ジギタリスの苗を植え付け完了、このあとジョロで水をかける

耕耘機、角ロータリー刃の交換(2/2)

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 先日、使っていない耕運機の角ローターから刃を取り外ししました。外した理由は、使っていない耕運機の軸は〇で、今使っている耕運機の軸は六角だからです。つまり、角ローターの軸形状が異なるため、角ローターをそのまま付け替えできないためです。まずは、今使っている耕運機から角ローターを外しました。外すにあたって、ピンがなかなか外れず往生しました。

  今使っている耕運機      角ローターのピンを外す     やっと角ローターを外す
  

 ピンを外すと、角ローターを耕運機の車軸から外します。こじるようにしながら引っ張るのですが、なかな外れず困りました。それでも、何度もこじっていると少しずつ車軸から外れました。やっとの思いで角ローターを外すと、摩耗した刃を角ローターから取り外しました。錆や泥で固着しているため、これまた難儀な作業でした。合計18本もの刃を取り外しました。

 メガネレンチで刃を外す      外した1本の刃       角ローターから外した刃
  

 外した刃がどの程度摩耗したのか、これから取りつける中古の刃と比較してみました。すると、下画像のようにあと数mmで擦り切れるところでした。これだけ摩耗すると、もう耕耘作業はできません。耕耘するのではなく、単に土を引っ掻くだけです。これでは土を掘り返すことができなくて当たり前です。今回、使わない耕運機の角ローターの中古刃に交換しましたが、通常ならば新品の刃を購入しなければなりません。

       摩耗し擦り減った刃と、これから取りつける中古の刃(錆びている)


 角ローターに取り付ける刃には規格があります。そのため、同じ規格の刃と交換しなければなりません。異なる規格の刃を使うと、小さすぎて十分に耕せなかったり、逆に大きいと耕運機底部に当たってしまいます。今回、同じ規格の刃だったためラッキーでした。

    同じ規格の刃を取り付け        刃を差し込むと、ナットを回して刃を固定
 

 中古の刃を取り付ける前に、ステンレスのネジとナットを必要個数購入しました。ステンレスにした理由は、錆びて固着しないようにとのことです。刃は左右の角ローター合わせて、全部で18個あります。一個一個丁寧に取り付けました。全ての刃を取り付け終わった頃、指が疲れました。そのため、少しばかり休憩しました。これら刃の交換作業は、農機具店に有料で頼むことができます。しかし、自分ですべて交換すると、刃や角ローターの仕組みや取り付け方法などを体得できます。

            19個の中古刃に、全て交換し終わった角ローター


 ところで、角ローターの刃取付け部も摩耗していました。次に刃を交換する時には、取付け部も摩耗していて、もう刃を交換できないかも知れません。そこで、クボタのお店に行って新品角ローターの値段を聞きました。すると、左右の角ローター合せて約4万円とのことでした。とても安価とは言えません。中古品を探して手に入れるか、またはオークションで探すしかなさそうです。

   中古刃を取り付けた角ローター    少し畑を耕運すると中古刃の錆が取れる
 

多摩の自給用野菜、のらぼう菜の収穫を開始

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 秋に種まきして育てたのらぼう菜が収穫時期を迎えました。この野菜は、関東特に多摩で食べられている自給用の菜っ葉です。八王子市に住んでいる時に栽培してよく食べました。キャベツや白菜のような流通に乗せることができないため、とてもマイナーな野菜です。そののらぼう菜の種を、山口県に持ち帰って栽培しています。この秋にも種を蒔いて栽培してきました。種も自家採種できるため、世話いらずの野菜です。

                   収穫時期を迎えたのらぼう菜

 のらぼう菜の特徴は、他の葉物野菜に比べて圧倒的に作りやすいことです。特に害虫の被害に強いことです。その理由を私なりに考えると、葉にややえぐみがあることです。つまり、美味しくないところが害虫に強い理由だと思います。その独特のえぐみのために、この野菜は好き嫌いがあります。それが野菜店などの流通に乗らない理由の一つだと思います。少しのえぐみさえ気にならなけれで優良な自給用野菜です。

    花柄を摘まむ           花柄をポキッと折る         折り取った花柄
  

 のらぼう菜の収穫方法は簡単です。花柄を摘まんで、ひねるようにしてボキンと折るのです。その折った花柄を、調理した食べるのです。山口県で多く作られているハナッコリーと収穫方法と同じです。花柄を折ると、脇芽が伸びて再び花柄となります。次から次へと出てくる花柄を収穫するのです。葉そのものを収穫してもかまいません。

                  収穫したのらぼう菜の花茎、洗ってから調理


 のらぼう菜の花柄は、熱湯に軽く通すとえぐみが取れます。また、他の野菜と混ぜて食べてもかまいません。何度も食べていると、えぐみはそれほど気にならなくなります。作りやすく害虫に強い野菜は、のらぼう菜以外にはすぐには思いつきません。最近、品種改良されたのらぼう菜がわずかに流通に乗って一部の地域で販売されているようです。

    他の野菜と混ぜ包丁でカット             左の野菜を、炒めている例
 

思いがけなく、田布施町郷土館 館長に就任

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 つい3月中旬頃まで、今後も今までどおりに郷土館に勤められると思っていました。ところが紆余曲折のすえ、この4月から私が田布施町郷土館の館長に就任することになってしまいました。1日朝、田布施町役場に行って役場のみなさんと一緒に町長の訓示などを受けました。その後、教育長に辞令をいただきました。定年後に、このような形で勤めることになろうとは思ってもみませんでした。

  訓示を受けた町役場      いただいた辞令       塗装を塗り直した郷土館
    

 辞令交付後、郷土館に戻りました。そして、新しく職員になられるMさん、そしてHさんと相談し、事務机の最適化を行うと共に、勤務などに関わる確認をしました。今後は、館長会議に出席したり、郷土館独自の展示会を企画するなど、しばらくは慣れない仕事が続きます。
 まずは最初の仕事として、近隣の公民館,郷土館,そして博物館などにご挨拶に行こうと思います。郷土館は、3月に外壁などを修繕して塗り直すなど綺麗になりました。建物同様、装いも新たにみなさんと楽しく郷土館の仕事ができればと思います。

          田布施町郷土館の新体制、右から私,Hさん,Mさん

田布施町郷土館に古い振り子時計を設置、しいたけの収穫真っ盛り

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 郷土館の事務所壁に設置してある時計は、展示室側から見やすい方向に設置しています。職員の背中側に時計があるため、職員からは時間が分からないのです。そのため、事務的な仕事をしている時、閉館の時間をうっかりオーバーしてしまうことがあります。
 今回、我家の倉庫に永い間眠っていた柱時計を、職員から見やすい位置に設置しました。しかも、ボーンボーンと鳴ります。これで、時間をオーバーしてしまうことは減りそうです。

     長針と短針を外す      雑巾できれいに拭く        日付を合わせる
  

 ゼンマイ式の柱時計もあるのですが、電池式の方が一年位ずっと動きます。また日付が分かり、かつ時報も鳴ります。40年以上近く使っていない振り子時計ですが、今回郷土館で使うことによって眠りから覚ますことにしました。積年のほこりを払って、新しい電池を入れて壁に取り付けました。

    長針と短針を取り付け     壁に時計固定のネジ      振り子を動かす
  

 とても古いレトロな振り子時計です。復活するか心配でしたが、電池を入れると生き返りました。時刻になると、ちゃんとボーンボーンと時刻数鳴ります。郷土館に収蔵しても良いほどの古いものですが、時計としてまだまだ使えそうです。進み遅れは、数日間かけて調整しようと思います。これで、郷土館の閉館時間をうっかり忘れてしまうことは無くなりそうです。

              電池を入れると生き返った、レトロな振り子時計



 ところで今、しいたけが豊作です。雨が降った後など、どっとしいたけが出ます。婆様は、しいたけの笠が大きくなってから収穫して欲しいと私に言います。しかし、次から次へとしいたけが出ている時は、大きくなるのを待っていられません。一番おいしい、笠が開き切らないものを収穫しています。毎日のように食べているのですが、追いつきません。少々飽いできました。

       あちこちの榾木から出るしいたけ      次から次へ収穫しまくる
 

 たくさん獲れるので、婆様は干ししいたけを作り始めました。竹で組んだ籠にしいたけを入れて、太陽に当てるのです。すると、数日間でしいたけは縮んで乾きます。そうなると、干ししいたけのできあがりです。しいたけが収穫できなくなる初夏以降、水に戻すと食べる事ができます。

             収穫して余ったしいたけは、天日乾燥して干ししいたけに


田布施町 楽しかった 第46回 たぶせ桜まつり

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 第44回第45回のたぶせ桜まつりは、仕事が入っていたため少しの時間しか楽しむことができませんでした。その前は、第42回第43回と楽しみました。これらの中で、第42回が一番快晴な桜まつりだったように思います。今回の桜まつり、数日前までは天気予報が雨とのことで心配しましたが、少しばかり晴れて良かったです。スタッフの方々は、私以上に気をもんだことでしょう。

               田布施川沿い、満開の桜並木アーチ


 今回のたぶせ桜まつり、最初に第15回田布施川桜まつりロードレースを見ました。私がもう少し若ければ参加したかもしれません。私が高校生だった頃、長距離を走るのが好きで運動会で1500mに出ていました。短いレースならば今でも走ることができるかもしれませんが、事前に練習して体を鍛えておかなければなりません。ウォーキングならば、練習なしにできるでしょうが。

ロードレースを走っている方々  タイムを計測する終点     交流館近くでのんびり
  

 ロードレースの終点に行くと、ウォーキングでよくご一緒するkさん(小学生時代の恩師)が審判をしておられました。レース到着の様子をみていると、靴にチップを付けているのですね。そのチップのことを忘れて走り去る方がいるようです。kさんはスタッフに声をかけて、その走り去った方を追いかけてチップを取り戻すように指示しておられました。犬猫にチップを付ける話を聞いたことがありますが、今や人もチップを付けるのですね。

花まつりとご住職様方       ロボットフットボール      盲導犬に触れる方々
  

 ロードレースを見終わると、交流館方面に行きました。交流館の方々も忙しく働いていました。そして、田布施川沿いには、たくさんの家族の方々がシートに座って桜を楽しんでいました。続いて、庁舎に方面に向かって歩きました。
 その途中、花まつりをしておられる田布施町仏教会のご住職様方からに声を掛けられました。花まつりは、お釈迦様が生誕されたことを祝う日です。これまで何度も桜まつりに来ましたが、花まつりにまったく気が付きませんでした。思い起こせば、東京でボーイスカウトをしていた頃、スカウト達を連れて八王子高尾山で行われる花まつりに毎年参加していました。高尾山には、お釈様の骨の一部が納められている仏塔(ストゥーパ)があるのです。

               たぶせ桜まつりメイン会場の中央公民館周辺


 中央公民館内では、古代米アートの写真展を見たり、田布施農業工業高校によるロボットフットボールを見学しました。また、高校生による3Dプリンタを使った立体ネームストラップ作成をしているところを見学しました。中央公民館の傍では、献血コーナー,盲導犬コーナー,警察コーナー,自衛隊コーナー,消防コーナーなどがありました。それぞれ特殊車両が用意されていました。盲導犬コーナーでは盲導犬に触れることができるようでした。

 いい匂いの牡蠣コーナー    地震を体験できる起震車   触れることができる白バイ
  

 詩情公園の芝生付近に来ると、たくさんのお店が並んでいました。焼きそば、たこ焼き、かき氷、焼き鳥、ハンバーグ、いか焼き、から揚げなど、たくさんのお店です。そして、それらのお店の北端にステージがありました。男性数人グループによる歌やダンスが披露されていました。けっこうな人だかりで、歌に合わせて踊ったり手振りしている方が多くいました。

  美味しそうな匂い    自然食品販売コーナーなど    男性グループのステージ
  

 ステージを少し見学すると、詩情公園の丘に上ってみました。すると、会場全景を見渡すことができました。途中、丘の傾斜地に坐ってステージを楽しむ方々がいました。今年は、詩情公園の芝生周辺が会場でしたが、詩情公園の丘も含めて会場にすればさらに良いかもしれません。

           詩情公園の傾斜地から、ステージを鑑賞する方々


 続いて、森のエリアに行ってみました。そこは少し静かで、スカウトコーナー,チェーンソーアート、ビザコーナーなどがありました。スカウトコーナーでは、私が知っている子供達や、ボーイスカウト指導している同級生達と談笑しました。私もかつてボーイスカウトの副隊長をしていたことがあるため、懐かしい思いに浸りました。また、焼きたてのピザを購入して、スカウトコーナーにおすそ分けしました。また、おなじ森のエリアで思いがけず、花の苗をいただきました。Yさんありがとうございました。

 焼きたてのビザを購入     チェーンソーアート        スカウトコーナー
  

 森のエリアからメイン会場に戻りました。すると、ステージでは熊毛南高校の吹奏楽部による演奏が行われていました。私が在学中には、確か吹奏楽部はなかったように思います。今、熊毛南高校は野球部と吹奏楽部が盛んであるとの話を聞いたことがあります。卒業後40年も経てば、クラブ活動の栄枯盛衰もあるのでしょう。ステージで、AKBの流行り歌を演奏し歌っていました。

     熊毛南高校吹奏楽部の演奏を聞きながら、いろいろな露店を見学


 いろいろなお店を見終わると、桜まつり本部に寄りました。観光協会や役場の方々が多くおられました。椅子に座って談笑しながら、少しばかりお手伝いをしました。
 こんなことがありました。落し物コーナーに、小さな水筒が届けられていました。落し物が発見された場所で見かけた子供に声を掛けると、なんとその子の水筒だったのです。その子は、水筒を忘れたことに気が付いていませんでした。私が声を掛けなければ、忘れたことにずっと気が付かなかったことでしょう。こんなこともあるのですねえ。

  熊毛南高校生の演奏      各種チャーハンの露店         桜まつり本部
  

 桜まつり本部にいると、いろいろな方がやってきました。少年少女発明クラブや西の寺小屋などで関わった子供や大人などです。その中に、来週マレーシアに行って仕事をされるMさんがいました。私はかつて、海外派遣青年協力隊に行こうと思って結局果たせませんでした。少しばかり、うらやましく思いました。
 そんなこんなで、桜まつりを楽しむことができました。その後ポツリポツリと雨が降り始めた頃、私は郷土館に戻りました。桜まつりを企画・運営されたスタッフの皆様、ご苦労さまでした。とても良い桜まつりでした。

    右から、元郷土館館長Nさん,私,Mさん,Mさんの奥様、桜まつり本部前にて

久しぶりにミニ同窓会、感謝!

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 久しぶりにかつての同級生が集まってミニ同窓会をしました。私の田布施郷土館館長就任を祝ってとのことですが、皆さんが集まるきっかけになって良かったと思います。私は、Yさんが運転する車で会場まで乗せてもらいました。ありがとうございました。最初、5,6人が集まるのかと思っていたところ、24人も集まっていただき感謝の極みです。

    車で送迎いただき感謝    この上階でミニ同窓会     花束をいただき、感謝!
  


 今回は同級生ばかりが集まりましたが、小学生時代の恩師kさんよりメッセージが届いていました。皆さんと一緒に、そのメッセージを聞かせていただきました。ありがたいことです。そして宴もたけなわの中、とても綺麗な花束をいただきました。こんなにしていただき、身が引き締まる思いです。

                     集まっていただいた、小中高24人の同級生達  1/2


 今後、皆さんが気軽に立ち寄っていただける郷土館にしていきたいと思います。また、ウォーキング,発明クラブ,地域活動などでも、皆さんと関わることがより多くなると思います。今後ともよろしくお願い致します。
 最後に、このような宴を企画していただいた上、多くの同級生に声をかけていただいた方々に感謝いたします。ありがとうございました。

             集まっていただいた、小中高24人の同級生達 2/2

トラクターが修理から戻ってくる

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 先月修理に出していたトラクターが戻ってきました。修理した項目を見ると、いろいろな個所が点検,交換,修理されていました。冷却水が漏れていたので予想はしていましが、エンジンが軽く焼き付いていたようです。自動車でも船でも、エンジンが一番大切です。完全には壊れていなかったのは幸いでした。

 運搬車に乗ったトラクタ     運搬車から降ろす       降ろされたトラクタ
  

 その他、各種配線が相当傷んでおり、配線が修理されていました。また、発電機(オルタネーター)そのものも傷んでいたようで、発電機を外して専門業者に修理に出したとのことでした。また、エンジンオイルなども全て交換しました。また、各動作部にはグリスが注入されていました。今回の修理で、今後数年間は修理に出すことは無さそうです。広い畑や重い物を運ぶのに、このトラクターはとても重宝しています。これからも永く使っていこうと思います。

       点検,交換,修理され、汚れも落とされ綺麗になったトラクタ

我家も桜が満開、他町の史料館などに挨拶まわり

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 田布施川の桜は、満開日を過ぎて、ちらちら花びらが散るようなりました。我家の裏山に植えてある桜も昨日までが満開でした。そして、今日から花びらがちらちら落ちるようになりました。明日の天気予報は雨です。この雨で、今年の桜は終わりではないかと思います。桜の開花を見ていると、季節が通り過ぎていることが体感できます。桜が終わると、野菜や花の種まきのスタートです。

       たくさんの桜の古株              満開の桜の花びら
 

 ところで、田布施町郷土館の仕事始めの一つとして、田布施町隣りの史料館などへの挨拶まわりを始めました。最初に行ったのは、平生町歴史民俗資料館です。これまで何度か行きました。この資料館ができるずっと前は、習生小学校でした。木造校舎で子供の頃によく遊びに来ていました。その後、統合されて今の平生小学校になりました。
 平生町歴史民俗資料館に着くと、挨拶をして田布施町郷土館の追加分のパンフレットをお渡してお話しを伺いました。ご挨拶したついでに、久保白船の展示会を見学させていただきました。

              我家東側斜面で咲く、たくさんの桜


 平生町歴史民俗資料館を出ると、次に阿多田交流館に行きました。そして、パンフレットをお渡ししました。続いて上関町に行って、郷土史学習館に行き、すぐ近くの上関観光協会にも行きました。これらの史料館などを巡っていて、面白いことに気が付きました。
 例えば、平生町歴史民俗資料館の館長は図書館の館長と兼ねているそうです。また、それ以外の阿多田交流館や上関の郷土史学習館は社会教育課の課長が館長を兼ねているそうです。また、上関観光協会の方々は朝鮮通信使を研究しているのメンバーで多く構成されているそうです。田布施町郷土館自身が企画展などを計画・実施していますが、平生町や上関町では主に社会教育委員会がしているとのこと。史料館の運営が、町によって違うことを初めて知りました。今後は、柳井市、光市などの史料館などに挨拶に行こうと思います。

                我家を取り囲むように咲く、たくさんの桜

我家は桃も満開、昔は桃園でお花見

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 我家では、桜が満開の頃、畑の一角で桃も満開を向かえます。桜と比べて、色が濃い,花びらが大きい,そして実を食べることができます。我家ではもっぱら、桃は花を愛でることよりも、甘く美味しい実を収穫できることで重宝しています。ただ、桜と異なり、虫が出やすいこと、木に病気が出やすいことが欠点です。そして、古木にならないように、木を10年位ごとに伐採しては更新しています。そのため、次に備えてこの1月に更新用の桃の苗を移植しました。

             咲き乱れている桃の花、桜より色が濃い


 この雨で、桜はだいぶ花びらが落ちましたが、桃は花びらが落ちるまでには至りません。来週初めに落ちると思います。枝をよく観察すると、枝先にはうっすらと葉が出ていました。花が散るのと同時にいっせいに葉が展開します。そして一気に桃は。緑の葉に包まれるのです。

    桜より大きめの花ぴら               すべての枝に桃の花
 

 桜は花が散ると忘れ去られてしまいます。しかし、桃はこれからが勝負なのです。最初にしなければならないのは、葉が展開するのに合わせて害虫がいっせいに発生します。綿のような糸を吐く、アメリカシロヒトリによく似た害虫です。この時ばかりは農薬のお世話になるしかありません。放置しておくと、葉を丸裸にされるのです。害虫を退治した後、今度は実に袋掛けをします。その時、一つの枝に一つの実が着くようにします。一つの実を残して、残りはの実は全て摘果します。これらの作業を怠らないようにしないと、おいしい桃は収穫できません。

                ピン色に染まった桃園、昔は親戚を読んでお花見

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